レンズにもこだわりがあり、右からスーパーアンギュロン65ミリF5.6をつけたリンホフ テクノラマ612PC。ポンティアック スーパー・リンクスIにはベルチオ・フロール50ミリF3.5、ライカM9は専用アダプターのビゾフレックスでエルマー65ミリF3.5を装着。ほかに800台近いカメラを所有している
レンズにもこだわりがあり、右からスーパーアンギュロン65ミリF5.6をつけたリンホフ テクノラマ612PC。ポンティアック スーパー・リンクスIにはベルチオ・フロール50ミリF3.5、ライカM9は専用アダプターのビゾフレックスでエルマー65ミリF3.5を装着。ほかに800台近いカメラを所有している
この記事の写真をすべて見る
ポンティアック スーパー・リンクスIで撮影。雑踏の中、親子の後ろ姿にドラマを感じてパートカラーで表現した
ポンティアック スーパー・リンクスIで撮影。雑踏の中、親子の後ろ姿にドラマを感じてパートカラーで表現した
和菓子職人をめざす女性を主人公にした人気漫画「あんどーなつ」(画・テリー山本)を雑誌に連載中の西さん。その資料としてライカM9で接写
和菓子職人をめざす女性を主人公にした人気漫画「あんどーなつ」(画・テリー山本)を雑誌に連載中の西さん。その資料としてライカM9で接写
リンホフ テクノラマ612PCで撮られた都会のスナップ。ビル街の窓ガラスに反射した光が地面に映り込み、光と影が織りなすモノクロの模様が美しい。1対2のパノラマサイズが縦長の画面に存分に生かされている
リンホフ テクノラマ612PCで撮られた都会のスナップ。ビル街の窓ガラスに反射した光が地面に映り込み、光と影が織りなすモノクロの模様が美しい。1対2のパノラマサイズが縦長の画面に存分に生かされている

――カメラにめざめたのは?

 10歳の夏休みです。海水浴におやじが仕事で急に行けなくなって、「おれはいっしょに行けないから、これで撮ってきなさい」と前夜にカメラを渡され、撮り方を教わりました。でも当日は遊びに夢中でカメラのことを思い出したのは、着替えて荷物をまとめていた帰りぎわ。あわてて弟や友人を撮ったけど、現像に出したらよく写っていて、それで興味を持ったんですね。ビューティー35という安いカメラでした。本格的にやるようになったのは、大学に入って上京してから。8ミリムービーに夢中だったぼくは、フィルムを安く手に入れるためにカメラ店でアルバイトをはじめたんです(笑)。そこで働いて、自分で初めて買ったのがコニカT3。作品を撮るというよりは、映画の勉強のために使っていました。23歳で放送作家になったあとは、自分で書いたドラマの番組宣伝用の写真も撮りました。今の仕事でもカメラが役立っています。

――どんな使い方ですか。

 映画と同じで、漫画の脚本もせりふとト書きがあるんですが、文章だけでは伝わらない場面には資料として写真を添えるんです。といっても、カタチを伝えるためだけじゃない。写真に力があると、漫画家がそれを感じ取って、作家が思い描いている微妙なニュアンスまで画で表現してくれるんです。つまり、いい写真が作品の質を高めてくれる。それでカメラを次々と買うようになり、昨秋ついに700台を超えてしまった(笑)。カメラ店の多い銀座で打ち合わせをするから、どうしても誘惑に勝てないんです。買ったカメラは全部リストにしていますが、トータルでいくら使ったかはこわいから計算していません。(笑)

――リンホフ テクノラマ612PCは特殊なカメラですね。

 10年くらい前、銀座松屋の中古カメラ市で見つけました。編集者に原稿を渡すために銀座の喫茶店に行って、ついでに寄って目に留まった。「面白そうだけど、使う場面がないだろうなぁ」と一度はその場を離れたんだけど、どうしても気になって戻ってきた。そこをカメラ店員に囲まれて、「これは西さんが買うしかないよ」「いま手に入れないと二度と手に入らない」と暴力バーのように迫られたんです(笑)。でも、晴海埠頭で撮ったお台場の風景があがってきたときは驚きました。フジテレビの社屋の小さな窓を16倍ルーペで拡大したら、中まできっちり写っている。すごい解像力です。いまはもっぱら街角の風景を撮っています。そんな使い方をするなんてと仲間からはひんしゅくを買ったけど、この再現力が仕事に役立つ。道端に落ちているもの、隅に写りこんだお母さんと子どものしぐさ、表情。そんなささいなものから物語が浮かんできます。創作のヒントをくれるんです。ぼくは、1枚の写真から物語3話分ぐらいつくれなくてはいけないと思っています。

――ポンティアック スーパー・リンクスIは。

 フランスのカメラが好きなんです。このベスト判はよく見かけるけど、35ミリ判は数が少ない。たまたま委託で出ていて、値段が他の中古店の3分の2くらい。即買いしました。メタルがくすんでいたので、磨いてピカピカにしました。1950年代のものには見えないでしょう。ぼくはカメラを修理したり、磨いたりするのも好きなんです。仕事で煮詰まったとき、カメラをいじっていると、頭のスイッチが切り替わっていいんです。

――そしてライカM9。

 最短のピントが甘いのがM9の欠点ですが、ビゾフレックスをつけると、きちっとピントがくる。開放での柔らかい味やボケがすばらしい。これで漫画に登場する和菓子を撮影して、単行本のカバーに使用しています。ライカで、これだけ寄って撮れるのはうれしいですね。「趣味と仕事は分けたほうがいい」と言われる方もいるけど、作家って、趣味を含めた生活の全てが仕事と結びついている。ぼくにとって、写真は作品づくりに必要な資料であり、モチベーションを高めるものでもある。だけど、もっと大きいのはカメラを通じて知り合った友人。政治家、俳優、会社経営者など、じつにいろんな人がいる。カメラは、自分の世界を広げてくれるコミュニケーションアイテムでもあるんです。

※このインタビューは「アサヒカメラ 2011年11月号」に掲載されたものです