世界19カ国で翻訳されている「はじめての哲学」シリーズ全5巻の日本語版が、世界文化社から出版された。このシリーズには『愛すること』『生きる意味』『哲学してみる』『神さまのこと』『よいこと わるいこと』(オスカー・ブルニフィエ[著]、ジャック・デプレ[イラスト]、藤田尊潮[翻訳])があり、2009年にフランスのナタン社から刊行されていた。
著者のブルニフィエさんは哲学博士・教育者であり、おとなのための哲学教室や子どもとともに哲学を実践するさまざまなワークショップを開いている。イラストレーターのデプレさんはドキュメンタリー映画・建築・舞台美術など多方面でバーチャルイメージを駆使するアーティストだ。この二人のコラボレーションでできあがった「はじめての哲学」シリーズは「あなたは? どう思いますか?」と、結論が出ないことを尊重し、考え方の違いを認め合い理解し合う大切さを伝える。
「哲学本」ではなく「哲学する本」を出版したいと思った理由のひとつを「これまで日本にはなかったから」と話す、世界文化社の伊藤尚子一般・実用編集部編集長に話を聞いた。
伊藤さんはフランスの書店で初めて見て、キャラクターと目が合ったその時からとても気になっていた。帰国後しばらくして、海外の版権を扱うエージェンシーから偶然にも話があり、刊行を決めたという。
意外にも当初の読者ターゲットは20~30代の女性、しかも母親向けではなかった。伊藤さんの周りには人・会社・社会の価値観に振り回され、苦しくなっていく同年代の女性が何人もいた。彼女らは結局、自分らしく生きるということがわからなくなってしまうようだ。自己啓発本からは「自分の軸」「ぶれない自分」などと格好いい言葉も出てくるが「軸って何よ。軸と思っていたら自分の軸ではなかった」と気づく。
が、彼女らに話しかけると、自分の哲学をとうとうと語り始める。その姿を見て、もっと話したいのでは、もっと考えたいのではと感じた。この本を通じて自分自身と対話する、家族・友人と話す、そういうことができればいいと思ったという。
フランス語版は10歳以上向けの児童書になっている。抽象的な表現が多いが、小学校中・高学年の教科書にふさわしいレベルの美しいフランス語だ。フランスでは、高校生以上は哲学が必修科目だが、親の哲学に対する素養は日本と異なり、幼少児から哲学的な会話をすることが多い。この本は、親子が話すときのきっかけでもある。子どもが幼く、書かれている言葉がわからなくても絵本として「どっちが気持ちいい?」「どっちの色の世界が楽しそう?」と考える場を設け、考える力をつけていく。将来に向けて、考えられなければ国際社会では戦えない。考えがなければ語れないのだ。
日本語訳は小学生には難しいが、概念を平易な言葉に置き換えてしまうことに疑問を感じ、忠実な翻訳を意識的に残した。文字だけではわかりづらいところは、イラストが助けてくれている。哲学というとテキストだけの世界と思いがちだが、自分のこと、世の中のことを語るのに言葉・理性だけではない。イラストという入り口に、感性の扉が開いているのだ。芸術家のように絵から受け取って、絵で答えるような子どもがいてもいい。「私にとっての愛は」と言って描き始めてくれたら素敵だという。
親が読みなさいというテーマではないが、子ども部屋にあって何かのときにこの本が考えるきっかけになる。ひと休みしたいときには、相棒になってくれるような存在でもある。
身の回りにある問題に、答えを出そうとあれこれ考える「プロセス」が哲学。そして、自分を癒やすためにも哲学してみる。考える力の限界に触れることを楽しむシリーズだ。
『sesame』2013年1月号(2012年12月7日発売)より
http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=14461