2013年1月、この欄の初回で取り上げたのは、猪瀬直樹『解決する力』(PHPビジネス新書)だった。それから1年。まさかこんなことになると誰が想像しただろう。
 知事職の辞任表明の前日に発売された『勝ち抜く力』はいわば先の本の続編だが、内容は徹頭徹尾、東京オリンピック・パラリンピックの招致に成功するまでの手柄話だ。本としては概して退屈、役にも立たないのは副知事に就任した頃からの著作で実証済み。ただ、本書には彼の慢心の源の一端が垣間見える。
 五輪招致のプレゼンテーションは〈作家として、日本人とは何か、東京とはどんな都市かをずっと考えつづけてきた結果が実を結んだ〉のであり、〈これまでの僕の人生は、このためにあったのかと思うぐらい〉だと自画自賛する前知事。
 五輪評価委員会の東京視察の際には、皇太子への表敬訪問と高円宮妃の晩餐会出席を実現させ〈確かな手応えだった〉。スポーツ界の体罰問題は、乙武洋匡氏と山口香氏を東京都の教育委員に任命、〈東京都は障害者問題、柔道の体罰問題に真剣に向き合っていく〉姿勢を見せたため、〈招致活動に大きく影響することはなかった〉。「イスラム圏は喧嘩ばかりしている」という自らの「不適切発言」も、トルコ大使を訪問することで〈もともと友好な両国の間に、わだかまりはなかった〉。福島第一原発の汚染水漏れ問題は「状況はコントロールされている」という〈安倍晋三首相の力強い言葉で解消した〉。
〈説得力は数字だ。ファクトとロジックで相手を口説くのである〉と豪語しつつ、氏のやり方は常に人脈頼みのなあなあ作戦。スポーツ界はもちろん、皇室から首相まで自身のコントロール下に置くことができたと錯覚したのだろう。〈不可能な課題を克服するときに、ふつうのやり方をしていてはダメだ〉が持論の猪瀬氏。『勝ち抜く力』というより、これは『出し抜く力』である。今までの経験から5000万円問題も楽勝と考えたのか。あまりにも楽観的だ。

週刊朝日 2014年1月17日号