こんな本が売れているとは! もちろん「こんな」は侮蔑の言葉ではない。「こんなにも難解で厚い」という意味である。
 千葉雅也『動きすぎてはいけない』は哲学書である。20世紀後半のフランスで活躍した哲学者、ジル・ドゥルーズが扱われている。著者は1978年生まれの立命館大学大学院准教授。本書は東京大学に提出された博士論文をもとにしたものだ。
 難解な哲学書が売れたことは過去にもある。50代以上の人なら、80年代のニューアカ・ブームを覚えているだろう。30年前、浅田彰の『構造と力』がベストセラーになった。98年には東浩紀の『存在論的、郵便的』が話題になった。浅田の15年後に東が、東の15年後に千葉が現れたのである。本書の帯には浅田と東の推薦文が寄せられている。
 三者に共通しているのは、フランス現代思想、とりわけ1960年代以降の哲学を研究しつつ、現代日本のわれわれを射程に入れて考察したところだ。哲学史の研究でもないし、海外の哲学者についての研究でもない。あくまでわれわれの「いま」を考える哲学だ。
『動きすぎてはいけない』が売れている最大の理由。それはキャッチーな書名にあるだろう。ドゥルーズの言葉から取られたこの書名は、ドゥルーズの哲学の最も魅力的な部分「生成変化」を損なわないための注意書きである。しかし、これだけを見て「そうだよな、最近のオレ/ワタシは動きすぎだ」と思う人は多いだろう。
 「動きすぎてはいけない」には、さらに「つながりすぎてもいけない」とつけ加えたいところ。本書のキーワードのひとつは「非意味的切断」。つながりすぎることで息苦しくなるなら、どんどん断ち切ればいいのだ。
 正直いって休日の昼下がりの暇つぶしに読むような本ではない。かなり難解だ。でも、序と第1章、第9章、そしてエピローグを読むだけでも、払ったお金の元は充分に取れる。

週刊朝日 2013年12月13日号