秋田県湯沢市の石孫本店は、昔ながらの製法で味噌や醤油を造っている老舗の蔵だ。
「創業は安政2(1855)年です。初代石川孫左エ門が杜氏とともに研究をして醤油の醸造を始めたそうで、岩崎藩の佐竹家にも献上していたそうです」(石川裕子社長)
数日前に降った雪が道路脇に積み重ねられている。この辺りは毎年2メートル近く積雪する豪雪地帯だそうだ。歴史を感じさせる風情のある蔵に入って驚くのは、ほとんど機械の姿がないということ。11月は、ちょうど醤油の仕込みの最盛期で、僕が行ったときは蒸しあがった大豆、炒って細かく砕かれた小麦、そして種麹を丁寧に手作業で混ぜあわせているところだった。
3人の男性が少しずつ材料を足しながら、丁寧に材料を撹拌していく。機械でもできる作業だろうが、職人が自分たちの目で混ざり具合を確認しながらムラなく混ぜていく。ここでは仕込みからラベル貼りまで、とにかく人の手で商品が造られていく。材料は国産大豆の「リュウホウ」と秋田県内産の小麦、そして種麹も地元の「秋田今野商店」で造られたもの。
醤油づくりで大変なのは、ここからだ。混ぜあわせた材料を木の麹蓋に載せ麹室に移して発酵させるのだが、石孫本店では麹室の温度管理もすべて人間が行っている。
「この辺りは、冬場には氷点下7度くらいまで冷え込みます。そこで室の床に作った囲炉裏で炭と藁を燃やして温めるんですが、この温度管理が大変なんです。1時間ごとにチェックして温度が低ければ火をおこし、高すぎたら天井の窓を開けて調整します。置き場によって温度が違うので、麹蓋の入れ替えも行います」
こうしてできあがった麹に天日塩と自慢の井戸水を足して木桶で仕込み、最低1年寝かせて美味しい醤油ができあがる。この作業に使う木炭や藁も国内産にこだわっているが、最近は手に入りにくくなっているそうだ。
1月になると、味噌造りもスタートする。
「味噌造りは2代目から始まりました。このあたりでは自家製の“手前味噌”が盛んですが、最近では各家庭からの注文を受けることも多いですね。5月から6月はそういった家庭用の手前味噌の仕込みで忙しくなります」
味噌に使う米はもちろん地元産の「あきたこまち」。「リュウホウ」にこだわりの米麹を加え、醤油と同じように丁寧に造られる。蔵で寝かされている醤油や味噌を見せてもらったが、天然の素材だけを使っているからだろうか、なんとも言えない優しい香りが立ち込めていた。
「2年前の震災で蔵がひとつ壊れ、隣の蔵を新たな醤油の醸造蔵として造り直しました。木桶を屋外にさらしていたので煮沸消毒しなければならなかったのですが、そのため桶にすみ着いていた『蔵つき酵母』まで除菌されてしまいました。でもそこから秋田今野商店さんが新たにこの家にすむ蔵付き酵母を培養してくださって、そのおかげで元通りの味を再現することができました」
こんなふうに手間と時間をかけて造られた醤油や味噌がおいしくないわけがない。見学の最後に試食させてもらったが、そのままスプーンで口に運ぶと、塩辛さよりもうまみや甘みを先に感じて、その後、柔らかい味わいが口いっぱいに広がる。えぐみはまったくなく、後味はスッキリ。特に味噌は、秋田味噌らしい米の甘みが感じられる独特のおいしさ。原料の配分や熟成の期間によって、色や味の違う数種類があるが、全部味噌汁にして試してみたくなった。
「たくさん造るのは無理ですけど、このまま昔ながらの製法にこだわっていきたいと思っています」
日本の食を支える醤油と味噌。この石孫本店のような本物の味を知れば、もっと和食を好きになれるはずだ。