1972年、ザ・バンドの初のライヴ演奏を収めたアルバム『ロック・オブ・エイジズ』が、発表された。
そのLP2枚組アルバムは、FMラジオで全曲放送され、わたしはその放送をカセット・テープに録音した。エアー・チェックだ。そのカセットは、わたしのお気に入りになった。
当時、わたしは、弟のSONYのラジカセを自分のもののように使っていた。そのラジカセで録音したのだ。まだ、「デンスケ」を持っていなかったはずだ。
「ラジカセ」は、ラジオとカセット・テープ・レコーダーがいっしょになっていて、一台で、ラジオ放送を録音し、聴くこともできる。まだCDもない時代、LPやレコードは高額だった。数か月分の小遣いをためなければレコード1枚買えない若者にとって、FMラジオは、それこそ、正義の味方だったのだ。
当時、FM放送では、アルバム1枚、丸々すべて放送するのが流行っていた。
その背景に、エアー・チェックのための番組紹介雑誌も数誌出ていて、人気を博していた。
それらの雑誌には、新譜の紹介とともにジャケットの写真と収録曲の曲名一覧が載っていて、それらを切り取ると、録音したカセットのケースにちょうど収まるようにできていたりした。自分のミュージック・テープを手作りするわけだ。
ここで、若い読者のためには、用語解説が必要かもしれない。
まず、「カセット」について。これは、カセット・テープ・レコーダーの録音テープのこと。ご両親、もしかして、おじいちゃんやおばあちゃんが、使っているかもしれない。わたしの80歳を超えた母は、今でも詩吟の稽古の時には、カセット・テープ・レコーダーを使っている。ポータブルMDも、買ってあげたのだが、いつのまにか、カセットに戻っていた。これが、一番使いやすいという。
あ、もしかして、MDの説明も必要だろうか?わからない方は、今回は、直接、関係ないので、検索サイトで調べてみてください。画像付きで説明がある、と思う。
と言って、気づいたのだが、用語の説明って、どこまで必要なのだろうか?
インターネットが普及するまでは、辞書で調べなさいといわれたが、辞書を持っていない人もいるであろうし、あるいは、国語辞典などには載っていない言葉がたくさんあった。だから、わからないかもしれないという言葉には説明が必要だった。
しかし、今は、インターネットですぐに調べることができる。
しかも、このコラムのように、ネットで読んだいただくことが前提ならば、文中に出てくる言葉も、わからなければ、検索してみて、というスタンスでもよいように思っている。知っている人には、読むのが面倒で、必要ないからだ。
「カセット」の説明なんていらないって人のほうが、多いのではないだろうか。
そんな時代、わたしは、風呂に入るときに、そのラジカセを風呂場まで持っていき、大音量でかけながら入浴していた。
入浴というとどんな状況を想像するのか、人によって、異なるのだろうな、と思う。簡単に、当時のわたしの家の風呂を紹介しておこう。
まず燃料は薪である。薪を燃やして、湯を沸かすのだ。
そして、当時、わたしは、その風呂を沸かす係りであった。いわゆる、風呂焚きである。夕方、学校から帰って、夕食になる前には、風呂を沸かしておくのが仕事だ。
新聞紙をまるめて、火をつけ、消し炭という前日の薪の残りの炭をくべ、勢いがついたところで、薪をくべる。
そのころ、わたしの家は、下宿屋もやっていて、市内の大学生などが下宿していた。そのお兄さんたちが、時々捨てる「平凡パンチ」や「パンチOh!」などを、その風呂焚きの時に持ってきて、火が燃える風呂の釜の前で、爆発しそうになりながら、眺めたものだ。
この方法が便利なのは、母に見つかりそうになった時に、風呂釜の中に、投げ入れてしまえば、それらの雑誌を発見されることがないということだ。もちろん、二度と見ることはできないが。
余計なこととは思うが、一応、補足しておくと、「平凡パンチ」や「パンチOh!」という雑誌には、グラビア写真が、それも時には、なにも着ていないこともある女性の写真などが掲載されていたのだ。もちろん、そのころは、ヘアなど、どこにも、写っていない時代だが。
ザ・バンドから、どんどん離れてしまっているので、戻す。
このエアー・チェックというのが問題だ。録音したものが気に入れば、そのレコードがほしくなるのが普通だと思う。しかし、一方では、もうカセットに録音して聴いてしまっているので、どうせ買うなら、まだ、聴いていないレコードがほしいという気持ちにもなる。自分の中で葛藤が起こり、買うべきか別のレコードを買うべきか、ジレンマにいたることとなる。
だから、レコード屋(これは、今のCDショップのことね)に行くと、このザ・バンドの『ロック・オブ・エイジズ』を眺めては、買うべきか、他のレコードにすべきか、悩むこととなる。
これは、記憶なので、言葉遣いなど曖昧なのだが、そのレコードの帯に書かれていたコメントが、「ミック・ジャガーが、ザ・バンドのライヴは、レコードと同じだ」と言ったということと「ホーン・アレンジは、アラン・トゥーサン」ということだった。
このミック・ジャガーの発言が、ライヴ演奏がスタジオ録音のレコードと変わらないので、面白くないという意味にも取れるし、一方では、ライヴ演奏でもレコーディングと同じレベルの演奏能力がある、という褒め言葉の意味にも取れる、ということで話題になっていた。
しかし、当時のわたしにとっては、このコメントでは、そのレコードを買うぞという、強烈な欲求に結びつくことはなかった。このコメントの内容で、ほしくなる人って、何人くらいいたのだろう?内容は、素晴らしいのに、キャッチ・コピーがわかりにくい、と思ったものだ。
そして、「ホーン・アレンジは、アラン・トゥーサン」と書かれていたが、そのアラン・トゥーサンという人がどんな人物なのか、知らない人の方が多かったのではないだろうか。わたしも、知らなかった。しかし、わからないなりに、このアラン・トゥーサンという人がどんなミュージシャンなのか、とても気になったのだ。そう、これが、わたしとアラン・トゥーサンの出会いだ。
大学生になり、バイトなどもはじめ、食べるより先にレコードを買っていた時代、アラン・トゥーサンの傑作『サザン・ナイツ』に行きつく。そして、彼は、自分のアルバム以外に、ドクター・ジョンやポール・マッカートニーのウィングスのアルバムに参加していることも知る。
彼の背景でもあるニュー・オリンズの音楽と出会う。
大瀧詠一のあの曲は、もしかして、これ?
などと、音楽のルーツに興味を持ち、聴き続けているうちに、音楽の楽しい泥沼にはまっていったのだ。
こんな文章で、アラン・トゥーサンに、興味をもっていただけたろうか?ご意見、ご不満などあれば、ぜひ、お聞かせください。参考にさせていただきます。
途中に出てきた、「デンスケ」など、説明なしでは、わかりにくい言葉もあると思うが、検索して調べてほしい。
そんな作業が、実は、けっこう楽しいのだ。[次回9/18(水)更新予定]
■アラン・トゥーサン ビルボード(東京)での公演情報こちら