あった、よかった。本棚にホームズ短編集を探しあて頁を繰る。派手な活劇も色気もない。刺激に欠ける。しかし蝋燭(ろうそく)、ガス燈、電気、馬車、鉄道が同居する19世紀末のロンドンを主舞台に、観察、分析、推理即ち人智で事件の謎を解く名探偵と、伝記の手法で彼の事績を記す腹心ワトスンの語り口に改めてひきこまれ時を忘れた。本書が再読を誘ったのだ。
 英国作家コナン・ドイル(1859~1930)が創出、短編56作、長編4作を通して描いたシャーロック・ホームズ。一世風靡ののち現代に至るまで探偵小説最大の英雄であり続けるホームズを著者は、不思議の思いを突き詰めるにあたり真理に至る飛躍をもたらす契機は想像力にあり、と教えた師と仰ぐ。信奉者として、また翻訳を生業とする立場から40年来、ホームズの世界に密着、その普遍の魅力の広告塔を務め書き継いだエッセイ集成が本書。初の著書という。4部構成。パロディ、注釈本を含む内外の出版情報、愛好家団体の動向などを知る。国境を超えて今なお不滅のホームズに出会う。

週刊朝日 2013年8月9日号