警察は自殺と判断したある作家の死に不審を抱いた二人の人物が、それぞれの疑問点から真実に迫っていくミステリ小説。ストーリーは日付で区切られて軽快に展開していくが、いよいよ真相が判明する第4部を前に、次のような注文が作者から入る。
〈あなたは、このあと待ち受ける意外な結末の予想がつきますか。ここで一度、本を閉じて、結末を予想してみてください〉
 まるでエラリー・クイーンばりの読者への挑戦状を受けて読み進めた私は、うすうす気がついていたトリックの内容と結末を確認し、「やっぱりね」と苦笑しながら読了した。
 この作品は、物語の構成そのものに仕掛けがある叙述トリックを用いていた。ミステリにさほど詳しくない私でも、そういう手法があることは知っていたから、第3部の途中でぼんやりと気づいたのだろう。しかし、事実は逆だった。解説によれば、『模倣の殺意』は〈叙述トリックを用いた初の国内ミステリ〉なのだった。つまり、私が過去に読んだ日本人作家の叙述トリックの原点には、この作品があったのだ。
 中町信が1971年の江戸川乱歩賞に応募した「そして死が訪れる」は、受賞は逃したものの高い評価を得て雑誌に「模倣の殺意」として連載され、73年、『新人賞殺人事件』というタイトルで単行本化された。一部のミステリファンの間では評判となったがすぐに品切れとなり、87年、『新人文学賞殺人事件』として徳間文庫で復活した。このような紆余曲折あった作品の決定版として創元推理文庫に登場したのは2004年。そして、この小説の面白さに注目したある書店員が自発的に宣伝したことをきっかけに、「幻の名作」はついにベストセラーとなった。
 自身の作品が40年後に多くの読者を得た中町は、4年前に亡くなっている。一冊の本をめぐる奇妙な変遷もまた、この小説を読む愉しみのひとつかもしれない。

週刊朝日 2013年6月7日号