月は、人間の想像力をどのように刺激してきたのだろう。ドイツのノンフィクション作家が歴史をふりかえった。現在までに得られた科学的知識をふまえ、豊富な逸話や挿画から人類の意識の奥底をあぶりだす。
北米インディアンの言い伝えによると、狼が歌うと月が生まれたという。古代ギリシアの頃より、月には生命が宿り、人や動植物が地球のものよりはるかに大きく美しく生育する理想郷だと考えられていた。しかし望遠鏡が作られ、精密な月面図が明らかになる19世紀を境に、文学に描かれる月の住人たちは奇怪で凶悪な姿となる。20世紀には、月面着陸の事実そのものを否定するNASA陰謀説まで登場した。月への特有の想いには、人類の時代ごとの夢や希望が映し出される。
18世紀末のベルリンには月頼みの超自然的治療で繁盛していた医者がいて、いかさま師と呼ばれていた。だが、これは意外に科学的で、生命のリズムは月と重なる。新月の直前に切られた木は、細胞内に水分を多く含むため、より頑丈という検証もある。淡い感傷に科学的裏付けがなされる。
週刊朝日 2013年3月8日号