数学少年である息子の年に1度の晴れ舞台「全国中学数学大会」予選がやってきた。 参加費は4200円。
 息子のこの大会への意気込みにはなみなみならぬものがあった。毎日1問ずつ過去問題集をやり、解けたものには記念日のようにそれぞれ日付も入っている。
 2年連続の決勝進出に向けて、本人なりの調整をしてきたはずだったのだけれど・・・・・・。

 予選当日、会場の外の廊下で、私は息子の耳から頬に冷却シートを当て、テープを貼っていた。まるで負傷したボクサーをリングサイドで手当てしているセコンドのような気分だった。
 当日の息子の体温はなんと38度。彼は疲れると耳が腫れて発熱しやすい体質なのだけれど、よりにもよって大会当日にこうなってしまうなんて、なんてツイていないのだろう。

 息子の発熱の原因は、前の晩に夜遅くまで学校で居残り勉強をして、エネルギーを使い果たしたからだった。私立の進学校というのはこれほど厳しいものなのか、中2になって居残り学習や早朝学習が急に増えた。息子は夜遅く帰り、朝早く出かけるという「忙しいサラリーマン」並みの生活となった。
 学校での課題は絶対だ。まずは大量の宿題を仕上げなくては、息子は自由を認めてはもらえず、数学大会に出場できない。熱を出すほど無理をした息子が、私はふびんでならなかった。

 予選を終えて出てきた息子は、耳の激痛に顔をしかめていた。答え合わせをしてみると、点数はひどく低く、これは予選落ちだ、とムードが一気に暗くなった。
「もういいんだ。また来年頑張るから」
 と息子は早々に気持ちを切り替えたけれど、中2の大会という機会は2度とない。私は大会が終わってからも「あの時熱さえ出なければ」という思いにとらわれ続けた。

 しかし予選から10日後、なぜか息子に「決勝進出」の知らせが届けられた。例年より平均点が低かったらしく、奇跡的にファイナルに残ることができたらしい。

「僕はすごい」
 息子はその知らせに唸った。
「あんなに具合が悪くても、決勝に残れたんだね。じゃあ具合がいい時にやったら最強だよ、きっと」

 ケガの功名とでもいうか、発熱でも難問を解けたことが、息子には妙な自信となったようだ。
 決勝戦ではあわや入賞!?と驚くほどの大健闘を見せてくれた。
 子どもの成長のために時にはアクシデントも必要だと友達に言われたけれど、本当にそうなのかもしれない。