鉄道や団地に関する著書でも知られる政治思想史家、原武史の評論集。タイトルの「影」は、政治史を語るうえで隅に追いやられている文化を指す。「鉄道」「東アジア」「天皇制」「昭和史」、著者の過去を記した「私の邂逅記」の五つの章から構成される。
 天皇制をめぐる評論や昭和史の考察では、新聞記者として昭和天皇崩御までを見届けた経験に基づく著者の視点が率直に記されている。正史からこぼれ落ちた歴史に目を向けながらも、決して正史に背を向けない。天皇陵を自転車でめぐり、陵の形状から時代や土地による天皇観の違いを探る。三島由紀夫の『春の雪』は、〈強い天皇〉がいた明治と〈弱い天皇〉がいた大正という時代対比が全体を貫くモチーフとなっていると指摘する。戦前と戦後の「裂け目」を露出させることから、近代日本の新たな正史を浮かび上がらせる。
 「忘却された歴史を取り戻すために、一体何が必要なのか」。テキストや史実のみならず、自身が見聞きし感じたことから歴史をひもとく著者の姿勢が文章に迫力をもたせている。

週刊朝日 2012年9月21日号

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