批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。
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2022年の出生数が80万人を切った。国立社会保障・人口問題研究所の推計では80万人割れは33年の予定で、想定より11年早く少子化が進んだことになる。
2月21日にはビッグローブが「子育てに関するZ世代の意識調査」の結果を発表した。子どもを望まない若者が5割近くに上り、話題になった。危機的状況なのは明らかだ。高齢者の就労拡大、移民導入、AIの活用など様々な議論が取り沙汰されるが、この勢いで就労人口が減って国力が維持できるわけがない。人口は昔も今も経済の基礎である。
岸田政権は「異次元の少子化対策」を掲げている。夏までに詳細が決まるらしいが、防衛費増額も控えるなか、単なるバラ撒(ま)きでは財源問題にぶつかり失速するのは避けられない。経済支援は不可欠だが、それに加えて出産や育児を肯定する環境作りも重要だ。子どもをつくるのは嫌だけど金銭的に得だからつくる、というのは現実には考えにくい。経済支援はあくまでも支援であり、そもそも人々が子どもを望んでくれないと話にならない。
しかし現代の日本社会ではその環境作りこそが難しい。結婚するかどうか、子どもをつくるかどうかは個人の自由であり、かつてのような「常識」の押し付けは許されない。家族観も多様化している。
2月には日本の現状と比較するかたちでハンガリーの少子化対策が話題になった。育児休暇は3年間、40歳以下の妻をもつ夫婦は無利子で借金、4人出産した女性は所得税ゼロなどの大胆な施策を打ち出し、出生率を急上昇させたという。
見習うべきところは見習うべきだが、推進したオルバーン政権がLGBTの抑圧や反移民、女性高等教育の軽視などで批判されてきたことも見逃してはならない。ハンガリーの少子化政策は、政権の保守的で排外的な姿勢と表裏一体になっている。日本はそこは一線を画すべきだろう。
結婚観や家族観の多様性を認め、リベラルな価値観を維持したまま、いかにして出産や育児を後押しする社会を作っていくか。これは思想的にも大きな挑戦である。
◎東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数
※AERA 2023年3月13日号