綾さんとおキミさんという身近に存在した女性に寄り添いながらも、縦横無尽に広がる森崎和江の筆に、私はかつて海外へ果敢にわたり、苦難の中を生きぬいた「からゆきさん」たちと共通した気質を感じます。

「からゆきさん」はすでに歴史の1ページとなりました。しかし、本書で描かれたような売買春の構造は、変わったでしょうか。

 本書が出版された1970年代後半は、日本人男性が東南アジアや韓国へ女性を買いに行く「買春観光ツアー」が社会問題化し、80年代に入ると東南アジアから日本に出稼ぎにくる「ジャパゆきさん」が注目されました。また、90年代以降は、日本軍兵士を相手にした戦時中の「慰安婦」の問題が浮上。国際的な政治問題に発展し、いまだ解決していません。いっぽう、国内に目を転じれば、いわゆる「格差社会」を背景に、生活費や学費のために性風俗へ向かう女性は増えている。「娘身売り」はけっして過去の話ではないのです。

 そう考えるとき、『からゆきさん』は、あらためて、21世紀のいまこそ読まれるべき本だといえましょう。40年前の森崎和江が私たちのカンテラであったように、本書が、性の商品化を、国際間、地域間の経済格差を、そして女性の生き方を考えるうえでの、大きな手がかりであることはまちがいありません。

(文/文芸評論家・斎藤美奈子)

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