しかしながら、本書の第二の魅力、本書が真にユニークなのは、これが単なる告発の書、にとどまっていない点でしょう。

<「働きにいったちゅうても、おなごのしごとたい」>

 老女が放ったこの言葉から、森崎は「密航婦」という言葉が頻出する新聞を読み続け、また旧赤線地帯や少女たちの出身地に足を運ぶことで、「からゆきさん」という言葉に込められた、別の意味を見出してゆくのです。

<ふるさと以外の人びとは「密航婦」「海外醜業婦」「天草女」「島原族」「日本娘子軍」「国家の恥辱」等々とよんだ<<今日の価値基準だけで、ただその一本の柱だけで、からゆきさんをみるとするなら、わたしたちは「密航婦」と名づけた新聞記者のあやまちをくりかえすことになるかもしれない>と。

 海外に向かって開かれた長崎の村むらは<海外への出稼ぎの誘惑に対して、警戒的ではなかった>こと。また「夜這い」や「若者宿」「娘宿」といった風習に見られるように、村には<数人の異性との性愛を不純とみることのない>素朴であたたかい性愛の文化があったこと。――なぜ「からゆきさん」の出身地は天草や島原だったのか、という疑問に答えるかたちで示された以上のような見解は、私たちをもうひとつ広い世界へ連れ出してくれます。家父長的な中産階級の性道徳だけではつかめない、女たちの大らかさと先取性!

 長崎からロシアへ向かった「おろしや女郎衆」。上海の娼楼からシンガポールを経てインドで成功したおヨシ。プノンペンでフランス人と結婚したおサナ。「海外醜業婦」という言葉ではくくりきれない多様な女性たちの姿は、本書のもうひとつの読みどころです。むろん、それは<この村びとの伝統を悪用したものにいきどおりを感じている>という慨嘆ともひと続きなのですが。

『からゆきさん』をすでに読了した方なら、これがジャーナリストが手がけたノンフィクションとは一線を画していることに気づくでしょう。

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