森崎和江著『からゆきさん』(朝日文庫)※Amazonで本の詳細を見る
森崎和江著『からゆきさん』(朝日文庫)
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 で、『からゆきさん』。この本は「性」と「植民地」という森崎和江の問題意識が凝縮されている点でも、また自身の関心事と歴史をつなぐ新しい方法論を獲得したという点でも、彼女の代表作といっていいでしょう。

 本書の第一の衝撃は、もちろん読者を震撼させる、この中身です。

<20年ほどむかしのこと、おキミさんは木立ちにかこまれた奥ふかい家に、数人の家族とともに住んでいた。昼間は、家族らは勤めに出はらうのか、しんとしていた。/わたしはおキミさんと顔をあわせることは少なく、いつも綾さんをとおしてその様子をしのんでいた>という思い出話から本書ははじまります。

 友達の綾さん母娘の尋常ならざる言動に、ひとまず読者はギョッとするわけですが、やがて本書は、おキミさんが16歳で朝鮮半島に売られるまでの経緯を皮切りに、学校では教わらなかった近代の裏面史を描いていきます。

 口べらしのために「養女」の名目で海外に売られた少女たちが多数いたこと。年少の少女はたった12歳だったこと。「せり場」で落とされるという、文字通りの人身売買が堂々と行われていたこと。朝鮮半島や中国のみならず、シベリア、上海、ハワイ、アメリカ、オーストラリアにいたるまで、娼妓として連れてこられた日本人の娘たちがいたこと。いちいち衝撃的です。

 からゆきさんが続出した背景には日本の公娼制度があり、それは当時の植民地政策とも結びついていました。外国人の手で大陸に売られたおキミたち。その延長線上で、今度は日本人の手で台湾や朝鮮の娘たちが連れ出される。

<飢えて、食べものを異邦人に求めていたぶられ、刑場に消える朝鮮の女たち。飢えて、養女に出されて美服をまとい、苦界に死にゆく日本の娘たち。どちらもこのような現実のなかで、くには諸外国と交流しはじめたのである>と、森崎は書きます。国家が個人の人生を左右すること、とりわけ女性の性を売り買いすることへの深い怒りが、そこには込められています。

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