北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表
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 それでもこのドラマがフェミ的にすごいのは、そんな男の不安や不満を描きはするものの、そこを男の葛藤の物語として広げないことだ。むしろその彼の間違いを同世代の女性が間髪を入れずに叱りつけ、利己的な視野の狭さをバッサリと斬りつける。「ウ・ヨンウみたいな優秀な人間が大手法律事務所にすぐに入れなかったことが差別なんだよ!」と。ああ、こんなふうに自分の特権に無自覚な男を叱りつける女の存在を、日本のドラマで見たこと……ありましたっけ?という、遠い目になってしまう。

 ドラマは韓国社会の今が毎回、事件として描かれていく。脱北者に対する韓国社会の視線、レズビアンカップルの物語、知的障害者に対する根深い差別、性暴力と障害者の問題、幼少期から強いられる苛烈な受験戦争、激しい競争社会の中を生き抜くことが正義とされる韓国社会が抱える問題が、一つひとつウ・ヨンウの法廷を通して表現される。韓国社会が抱える問題は当然、激烈で残酷で不公平な資本主義を生きる私たちの日本社会の問題でもある。日本と似ている制度、日本とよく似た男たちの連帯、日本と同じ家父長制の社会で、ウ・ヨンウや、新しい世代の若者たちが目指そうとする世界を、日本の視聴者も“私の希望”として求めたのかもしれない。

 それにしても最終回は強烈だった。ネタバレになるが、最後の最後にウ・ヨンウが今までに味わったことのない感情に名前をつけるシーンがある。ヘレン・ケラーにおける「ウォーター」である。新しい世界の扉を開ける瞬間、ドラマのクライマックスが「感情に名前をつける」というシーンであったことに、私は画面の前で動けなくなるような感情を味わった。

 ウ・ヨンウが味わった感情は、「達成感」であった。仕事を通して、好きな人との葛藤を通して、そして自分の言葉と行動で未来を変えることができたという経験を通して得た感情の名前を、ウ・ヨンウは探す。それは喜びでも、満足という感情とも違う、今まで味わったことのない強い思い。「達成感」という言葉でしか表せない深く強い真実。生きる意味に直接手が触れるような喜び。たいていの「ハッピーエンド」なドラマというものは、主人公と視聴者に「達成感」を味わわせて終わるものだが、「こういう感情が達成感なのだ」と、達成感という感情の尊さをこんなふうに素直に表現することが可能なのか、と衝撃を受けた。

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韓国ドラマの「当たり前」