この記事の写真をすべて見る  個性派俳優・佐藤二朗さんが日々の生活や仕事で感じているジローイズムをお届けします。今回は、役を引きずってしまう瞬間について。 

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 あのだすな。

 間違えました、あのですね。

 わりかし器用な方だと思うんです、僕。

 いきなり噛んどいて器用も何もないかもしれませんが、ホント、わりと器用な方だと思うんです。

 たとえば、すごく暗い役をやっている最中でも、当コラムでオチャラケた感じの文が書けたりするんです。

 たとえば、厳格な役を演じていても、カットが掛かるとすぐにダメ二朗に戻れたりするんです。

 誰がダメ二朗だ。

 それはいいとして、しかし最近ですね。「おや?そうでもないか?俺」とも思えてきまして。

 そう思ったキッカケは、映画「さがす」と、ドラマ「ひきこもり先生」の撮影が立て続けにあった時でした。

 その期間、カットが掛かったあとも、家で晩酌してる時も、どうも、なんというか、重たい自分がいまして。

 そもそも僕、今まで「器用な自分」というのが少しイヤで、逆にカットが掛かっても役を引きずってしまうような「不器用な役者」に憧れに近い気持ちがありました。

 なので、この時も、「ふふ。俺、役を引きずってるかも。俺ってば、役を引きずりりんぐしてる。ふふ。俺ってば、意外に不器用方面の役者かも。ふふ」

と、逆に喜ばしく感じていた節もなくはないのかもしれません。しかしこれですと単なる変態中年オヤジになってしまうわけで、多少の変態中年オヤジの側面も持ち合わせているかもしれない僕ですが、とにかくですね、好むと好まざるとに関わらず、多少、役を引きずっちゃうのは、もう、これは、仕方がないじゃないか馬鹿野郎。

 突然の開き直りと言いますか、理不尽な逆ギレを皆さまにお見舞いしたわけですが、実は今、締め切りより何日も前にこの原稿を書いています。

 現在、あと数日で、ある作品の撮影が始まるという状況です。

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あの男が帰ってきます