沼口さんは何度も実演して教えたが、一向に改善がみられない。
「なんでできないの?」
「できるときのようにやったらいいじゃない」
言葉で訴えかけるも、効果なし。
沼口さんは考えた。そもそも、上手なときと雑なときのムラがなぜ生じるのか……。
仲間たちの仕事ぶりを眺めながら、あることに気が付いた。
4人のうち、吉岡さんを入れて3人が左利き。沼口さんは、利き手の右手でいつも手本を見せていた。
沼口さんは、左手でカットする練習を重ね、さらに切りやすい持ち方を探り、今度は左手で実演して見せた。
「実際に左手を使うと、どのように持っているかなど、見え方が違うんです。はっきりとした意思表示はなかったのですが、もしかして伝わったかな、と感じた瞬間がありました。それ以降、吉岡さんの作業のムラは劇的に改善されました」(沼口さん)
障害があるからやっぱり無理、ではなく、相手目線に立って、その人に合った教え方を考えてみるという少しの工夫が、成長につながることを沼口さんは学んだ。
仕事の能力が高く、副班長を任されていた50代の倉田さん(仮名)。沼口さんは作業の説明をする際、最後に「大丈夫だよね?」と確認するようにしており、倉田さんも「大丈夫」としっかり返してくれていた。だが、なぜか倉田さんの手が止まってしまうことがあった。その理由はよくわからなかった。
自分から話しかけることが苦手な20代の近藤君(仮名)。仕事を教えても、会話のキャッチボールは難しい。そんな近藤君は、作業の途中、チラッ、チラッと沼口さんに目をやる癖があった。なぜこんな行動を取るのだろう……。
「何をやればいいか分からなくて困ってるんだよ」
前任の担当者のアドバイスで、やっと起きていることが理解できた。
倉田さんは「大丈夫か」と聞くと「大丈夫」としか返せない。その後の作業で何かミスが起きていると感じ取っても、それを言い出せない。近藤君も、目線でしか困っていることを伝えられないのだと。
「『大丈夫だよね?』は、やめました。よく考えたら、健常者でも『大丈夫です』って答えてしまう聞き方かもしれませんよね。『分からないことはない?』と聞くと、意思表示がしやすいことを知ることができました。それ以降は2人とも、困ったときは積極的に合図を出してくれるようになりました」