阿部さんの新刊『Ultimate Edition』/河出書房新社刊(撮影/写真映像部・戸嶋日菜乃)」
阿部さんの新刊『Ultimate Edition』/河出書房新社刊(撮影/写真映像部・戸嶋日菜乃)」

――なるほど。現在のSNSに関して言えば、フェイクニュースの問題も深刻ですよね。

 そうですね。それを文学につなげて考えれば、当然“私小説”というジャンルの問題が浮上する。日本文学においては“私小説”を正統派と見るのが教科書的な理解ですね。作者の身辺雑記をまるごと真実だと受けとめる読者はさすがにもはやいないでしょうが、事実と地続きであるものとして読まれうる書き方が手法化されているため誤解を生みやすい。作者が自分自身のことを書いたからといって表現物である以上フィクション以外の何ものでもないとはいえ、そこをできるだけ曖昧にしておくことで価値を高めるジャンルが私小説であるとも言えるわけです。ちなみに、これってInstagramやTwitterをめぐる話として聞いてもまったく違和感がない。しかし文芸作品は編集や校閲など第三者のチェックが入りますが、SNSは投稿者本位であるため事実関係を理解する上ではいっそう注意しなければならない。先ほども言ったように、読者の感想をダイレクトに受け取れる利点がある一方、現在のSNSはかなりまずい状態にあるという認識もあります。

――『Ultimate Edition』に収められた作品の多くは、ロシア、北朝鮮などの海外が舞台。各国の国家元首と思しき人物も登場します。それもモキュメンタリーや、フィクションにおけるリアリティに向けられた問題意識とつながっているのでしょうか?

 “たまたまつながった”という側面もありますね。その問題をもっともわかりやすく体現してしまったのは、ドナルド・トランプでしょう。『Orga(ni)sm[オーガ(ニ)ズム]』ではアメリカのオバマ大統領を主要キャラとして登場させ、『ブラック・チェンバー・ミュージック』では米朝首脳会談が軸となって物語が展開していきますが、国家元首を題材にした作品のシリーズ化を着想するようになったのは、世界中の報道機関の配信記事にアクセスできてしまうこの情報化社会のなかで、各国リーダーの人物像が見えやすくなったことも大きな要因だと思います。そうした中で、ポスト・トゥルース問題の権化みたいなトランプの言動が他国のリーダーにまで影響をあたえ、虚実の混乱を今なおさらに拡大させている。そのことはもちろん、『Ultimate Edition』に収められた作品にも反映されています。

 あとは自分自身の作風の変化ですね。“神町シリーズ”では田舎の町のなかに多くの要素をギュッと押し込んでいたのですが、その後は一気に世界に視野を広げることで、自分の新しい一歩になりうるだろうと思っていたので。さらに言うと、わたくしの日常は原稿を書くこと以上に、ひたすら報道の記事を読み漁っていることに時間を費やしているんです。なのでどうしても、そういうネタを思いつきやすい(笑)。そのことを踏まえると、今回の短編集はメタ視点に立つことで成立する私小説であると言えないこともないわけです。(後編につづく)

(森 朋之)

阿部和重(あべ・かずしげ)/1968年山形県生れ。「アメリカの夜」で群像新人文学賞を受賞しデビュー。『グランド・フィナーレ』』(2005年講談社刊。2007年講談社文庫)で芥川賞、『ピストルズ』』(2010年講談社刊)で谷崎賞等、受賞歴多数。その他の著書に『シンセミア』『Deluxe Edition』『キャプテンサンダーボルト』(伊坂幸太郎との共著)『オーガ(ニ)ズム』『ブラック・チェンバー・ミュージック』など。

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森朋之

森朋之

森朋之(もり・ともゆき)/音楽ライター。1990年代の終わりからライターとして活動をはじめ、延べ5000組以上のアーティストのインタビューを担当。ロックバンド、シンガーソングライターからアニソンまで、日本のポピュラーミュージック全般が守備範囲。主な寄稿先に、音楽ナタリー、リアルサウンド、オリコンなど。

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