「数年後にトヨタのローバ(月面探査車)が月に打ち上げられた段階で、月面基地づくりは南極と同じ経緯をたどるのではないか、という気がします。昭和基地の建設も最初、全然わからなかったところからスタートした。まずは南極に行って、できることからやってみようと。それで、次に持っていくものはこうしよう、ああしようとやってきた長い歴史がある。最初は4棟だった建物が今では64棟にまで増えた。それと同じ第一歩がローバで、その時点で何らかの拠点を月面につくるのではないでしょうか」
JAXAが驚く昭和基地の機能
隔絶された場所にある基地で最も重要な機能は、どのような事態が起きても必ず隊員が生還できるようにすることだ。秋元さんがJAXAの職員に南極での体験を話した際、一番驚かれたのは「非常用物品庫」の存在だった。
「昭和基地には年に1回だけ『しらせ』という船がやってきます。もし、この船が来られないと、隊員たちはもう1回南極で冬を越さなければならない。でも、昭和基地の主要部には1年分の食料と、1カ月分の燃料しか置いていません。それとは別に、1年分の食料を約800メートル離れた倉庫で保管しているんです。燃料は1カ月に1度、2キロ離れた燃料タンクから油送をかける。でないと、もし昭和基地で火災が起こったら、すべての食料と燃料をいっぺんに失ってしまいますから」
仮に主要部が焼失しても、越冬隊とは別に、夏隊の宿舎が約400メートル離れた場所にあり、そこに住めるという。
「つまり、昭和基地では衣食住とエネルギーに関して、ものすごい危機管理をしている。それは今後、月面に基地を建設するにあたって参考になる考え方だ、とJAXAの人は言っていました」
まだ人類は月面に基地を建設した経験がない。なので「正解は誰にもわからない」と、秋元さんは言う。月面にはフロンティアが確かに存在し、今も開拓者精神が必要とされる場所のようだ。だからこそ、人類は再び月へ向かうのかもしれない。
(AERA dot.編集部・米倉昭仁)