AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。「書店員さんオススメの一冊」では、売り場を預かる各書店の担当者がイチオシの作品を挙げています。
『君がいないと小説は書けない』は小説家・白石一文さんの自伝的小説。「小説新潮」に1年半にわたって連載された、自伝的小説を単行本化したものだ。著者の白石さんに、同著に込めた思いを聞いた。
* * *
『君がいないと小説は書けない』は、ノンフィクションかと読み違えそうになるほど、白石一文さん(61)の人生が色濃く反映されている。
白石さんはデビュー以来、生身の自分が出てしまうエッセーや対談は一切受けてこなかった。それがフィクションとはいえ、「自分のことを書いてみよう」と心境が変わったのは、60歳の声を聞いたことだ。いつでも脱ぎ捨てられると考えていた人生のコートが、じつは一着しかない大切なものだったこと。そして、人に伝える価値はないと考えていた過去に、語るべきものがあるかもしれないと気づいたのだ。
「きっかけになったのは、かつての上司であり、小説の冒頭に出てくるSさんの死です。お別れの会で遺影を見たとき、自分でも驚くくらい悲しかったんです」
以来、白石さんは昔を思い出す時間が増えた。そして、「一度だけ書いてみよう」と机に向かったのだ。
小説には主人公・野々村の思い出に残る人が多数登場する。親しかったわけでもないのに記憶の隅から蘇(よみがえ)ってきた人も。物語はそんな思い出を縦糸に、最愛のパートナーことりとの一見、穏やかそうな今の暮らしを横糸に綴(つづ)られていく。
「パソコンに向かった瞬間に思いついたことをランダムに書いていった」と白石さんが語るように、物語は整然とは流れない。野々村の記憶と現実生活との間を行き来しながら、ある人物には双眼鏡のレンズがぴたりと合い、ある人物は輪郭がぼんやりし、まるで霧の向こうにいるようだ。
じつは白石さんは、この作品を書いていた頃、スランプを感じていた。書く意義を見失いかけていたという。