怖くないものを、怖くする「ひと手間」
一般に怖い話というと、「5年前、私の姉が体験した話です……」といった枕詞から始まるような、自分や身近な人の体験談がベースになっている場合が多い。
しかし私の場合は、町の風景や構造物、動物の能力、体の仕組み、自然や宇宙の法則、夢など、恐怖体験からまったく離れたものがアイデアの種になることが多い。
こうしたSFやドキュメンタリーなどの、一見ホラーに関係ないジャンルの話をホラー漫画に仕立てる場合は、絵の力がとても重要になってくる。
普通にそれを描いても物語にホラーの要素がないため、ビジュアル面でいかに怖く見せるか、よくよく考えなければならない。私の作品を、「細かい描き込みがすごいですね」と評してくださる方がいるが、私の描き込みが過剰気味なのも、こうした点に起因しているのかもしれない。
ちなみに『ファッションモデル』では、ホラーのテイストを強めるため、口を開くと無数の牙が生えているなど、私が怖いと感じるサメの要素も加えた。こうして淵のあの顔が出来たのである。
このような設定に合わせて、当初は物語も「サメ女現る」といったコンセプトで描こうと思っていた。しかし描き始める少し前に、瀬戸内海で漁師がサメに襲われるという事故が起こったため、自主規制してやめたのだった。
(伊藤潤二著『不気味の穴――恐怖が生まれ出るところ』から一部抜粋・再編集。著作の中では、先生が影響を受けたものや作品の裏話、「唯一無二な発想法」を明かしている)