『富江』『うずまき』の作者として知られ、いまや日本が世界に誇るホラー漫画家となった伊藤潤二氏。「漫画のアカデミー賞」とも呼ばれる米アイズナー賞を4度も受賞し、1月からNetflixで配信されている「伊藤潤二『マニアック』」も話題だ。そんな伊藤氏が、画業35年にしてはじめて自身のルーツや作品の裏話、さらには奇想天外で唯一無二な発想法などについて明かした『不気味の穴――恐怖が生まれ出るところ』を書きあげた。ここでは、その一部を抜粋・再編集してお届けする。
唯一無二の世界を作り続ける方法とは?
アイデアの“元ネタ”になるものはいくつかある。
そのひとつに「過去の記憶のひっかかり」がある。
私の作品で言えば、何気なく見ていた女性誌から着想した『ファッションモデル』や、地元にたくさんあった路地から構想した『路地裏』などがその具体例として挙げられるが、ここで強調しておきたいのは、過去の体験や出来事がそのままネタになることはないということだ。
むしろ重要なのは、そうした体験や記憶に付随する「感情」や「違和感」、「トラウマ」などである。
意識的に過去の記憶を探るというよりも、いつまでも心の片隅にひっかかっている感情や思考のかけらをアイデアの種にするのだ。
例えば、『ファッションモデル』に登場する淵(ふち)というキャラクターは、実際に化物じみたモデルがいたような印象を受けるかもしれない。
しかしあれは、たまたまファッション誌を見たときに感じた「きれいなモデルだけど、何かこの人、変だな……」という私の勝手な印象がアイデアの元になっている。
つまり不気味なモデルの外見そのものよりも、そのときに感じた「違和感」を表現したかったのだ。
同じように、『路地裏』は、子どものころに鬼ごっこなどをして遊んでいた細い路地の「密閉感」や「不気味な薄暗さ」が、アイデアの核となっている。