経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
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胡乱(うろん)。剣呑(けんのん)。面妖。少し前から、この三つの言葉が筆者の頭の中でうごめいている。ヒト。モノ。カネ。経済活動を動かすこの3大要素のそれぞれに、今、これら三つの怪熟語が当てはまる。
今の世の中、胡乱なヒトがうようよしている。我が宿敵、妖怪アホノミクス。突然の敵国要人暗殺作戦に打って出るトランプ親爺。口から出まかせ男のボリス・ジョンソン。大ロシアの再生を夢見るプーチン帝王。永久皇帝を目指す習近平。見渡す限り、胡乱人だらけだ。
モノの領域は、実に剣呑な雲気に満ちている。国境などというケチ臭い壁を超越して、せっかく形成されたモノづくりの助け合い構図。それが、保護主義の雷によって破り捨てられつつある。交易を通じた相互依存関係こそ、平和のための最大の経済的防波堤なり。かのジャグディシュ・バグワティ先生がそう言っている。インド系アメリカ人の学者で、貿易理論の大家だ。彼のこの指摘には、本欄でも、多分、以前に言及している。
通商秩序の番人であるはずのWTO(世界貿易機関)を巡っても、いたって剣呑な雰囲気が漂っている。本来ならば、WTO加盟国は全てWTOを介して無差別的に分け隔てなくお付き合いするはずだ。ところが、相手特定・地域限定型のえこひいき的貿易協定があちこちに出現して、開かれた通商を阻害している。WTOご自慢の紛争処理機構も、アメリカが新体制の発足を阻んでいるために機能不全に陥っている。剣呑包囲網に絡めとられたWTOだ。それを果たして誰かが救えるか。救世主待ちのグローバル貿易である。
カネの世界がこんなにも面妖な姿をみせたことは、いまだかつてない。何しろ、貯蓄に励むと手数料を取られるという世の中になっている。日本の預貯金については、まだ辛うじてその域に踏み込んでいない。だが、あと一歩というところだ。「マイナス金利」などという言葉は本来、定義矛盾のはずだ。こういうのを金利とはいわない。罰金である。その一方で、「暗号通貨」などというこれぞ面妖物が大威張りで飛び交っている。
ヒト・モノ・カネのいずれをみても、百鬼夜行状態だ。正月早々、何たることか。
※AERA 2020年1月20日号