■親中派に多い「鉄票」

 香港政府の姿勢を否定しない香港市民が4割もいる。その現実に一見驚かされるが、地元の民主派の人々は「予想通りの数字だ」と答える人が多い。

「“鉄票”という言葉があるんです。これは、中国返還以降22年をかけ、親中派がこつこつと積み上げてきた手堅い票で、高齢者に多い。民主派がこれを切り崩すことは容易ではありません。ただし、自分の商売や生活にとって得だと思うから民主派じゃない議員を支持している人が大半で、なかには習近平や林鄭を嫌っている人もいますよ」

 そう語る33歳のエンジニア。彼はさらにこう続けた。

「急増した民主派の区議会議員には、今後地域で鉄票の人たちと膝を突き合わせて語り合うことを求めたい」

 その区議選では、民主派の陣営から多くの若者が立候補して軒並み当選した。なかには、選挙直前に武装警官隊が突入した香港理工大学の現役学生もいる。香港有数の住宅・商業地区である沙田(サーティン)から立候補した陸梓チン(※チンは山偏に冬、リクツーチン)さんはこの地区で生まれ育ち、半年前までは政治的な集会などに参加したことがない地味な理工大生だった。今回の選挙では親中派現職区議との一騎打ちとなり、陸さんが競り勝った。

 立候補した理由は?

「今年6月、100万を超す市民が平和的な形で意思表示をしたのに政府はそれに応えなかった。そのことに抗議する若者に警察は無数の催涙弾を浴びせた。私はずっと傍観者だったんですが、その時に変わりました」

■市民分断の修復は困難

 これまで地域の人との交流がなかったので、最初はほぼ自分ひとりで動いていたけれど、しばらくすると見知らぬ人らが助けてくれるようになった。多くは30~40代の女性。新しい変化を願う人ばかりだった。

 香港理工大学で武装警官と戦った学友らをどう思うかと尋ねると、「あれを“戦い”と呼ぶのは適切ではない」と即答。

「学生が大学にいるのは当たり前のことで、警察がキャンパスの出入り口を封鎖することは人道に対する違反です」(陸さん)

 親中派の得票率が4割を超えたことも聞くと、デモ参加者や抗議者の行動に同意していない人がいることは明らかと話す。と同時に、「民主派と親中派という市民の分断を修復することは難しい」とも話した。

 区議選での民主派の躍進、そして「香港人権・民主主義法」の成立を受けて、今後、香港市民はどういった抗議活動を展開するのだろうか。いわゆる勇武派の若者たちが大量に逮捕されたことにより、しばらくの間、街頭での市街戦などは鳴りを潜めるはず。となると平和的な抗議活動に比重をおくことになるが、香港政府は10月以降、デモの許可を出さなかったり、出しても15分で解散命令を出し催涙弾を撃ち込んだりしている。はたして、今後もそういった姿勢は変わらないのだろうか。

 その答えは、民主派が世界人権デー直前の12月8日に決行を宣言している「大規模デモ」で明らかになる。(ジャーナリスト・今井一)

AERA 2019年12月9日号