皆川博子(みながわ・ひろこ)/1930年生まれ。73年に「アルカディアの夏」で小説現代新人賞を受賞、ミステリーをはじめ、多彩なジャンルで執筆を続ける。受賞多数(撮影/写真部・加藤夏子)
皆川博子(みながわ・ひろこ)/1930年生まれ。73年に「アルカディアの夏」で小説現代新人賞を受賞、ミステリーをはじめ、多彩なジャンルで執筆を続ける。受賞多数(撮影/写真部・加藤夏子)

 小説家・皆川博子さんによる『彗星図書館』は、小説の女王とも呼ばれる皆川さんが耽読し、永遠に残したいと思った本を紹介したエッセー集。自身の偏愛する本を紹介し始めたきっかけは、なんだったのだろうか?

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 圧倒的な世界観を持つ物語、言葉を自在に操り、時に残酷なまでに美しい日本語表現。皆川博子さんは、本を愛する読者を魅了し続けてきた。

 本書は『辺境図書館』に続いて、皆川さんが偏愛する本を蒐めた一冊だ。国内外の小説、そして戯曲やアンソロジーを取り上げた26篇がおさめられ、巻末には索引もついている。

「フランス革命を背景にした『クロコダイル路地』という作品を書いた時のことです。タイトルをマンディアルグの短編『ポムレー路地』から思いついたんですが、生田耕作さんの素敵な訳の本をなくしてしまって。担当編集者に作品が入っている『黒い美術館』を取り寄せてもらいました。そうしたら彼がマンディアルグを初めて読んで、こんなに面白い作品があったとは、未知との遭遇でした──と言ってくれて。そこで若い読者に向けて、本を切り口にした連載を始めることになりました」

 品切れになった本も、最近はネットで探すことが容易になった。

「せっかくの機会なので『隠れてしまっていて惜しいなあ』と思う本を紹介したいと思いました。作品そのものの魅力を感じてもらえるよう、なるべく引用を多くして、本と読者がじかに向き合うような書き方にしています。書いていると自分の記憶が蘇って、つい寄り道をしてしまいますね」

 その「寄り道」が読者には楽しい。読書の記憶、作家の思い出と作品のつながりは、本を読むという体験が身体化されていく過程を覗き見るようでもある。

 たとえばメリメの「マテオ・ファルコーネ」を読んだ、東京・上野の児童図書館の様子。ミハル・アイヴァスが描く水の描写からは、同じく水が重要なモチーフとなる泉鏡花が導き出される。皆川さんの手にかかると、「作品紹介」も一篇の作品を読むような複雑で豊かな文章になるのだ。

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