「建築で大切なものは、人々の記憶を呼び覚ますことと、その場を劇場にして、訪れた人たちがドラマを感じ、演じることができるセッティングです」
今回は日本橋という場所の来歴に着目。江戸時代に発表された絵巻「熙代勝覧」に活写された町の様子を、店舗デザインに取り入れたという。
「日本橋の町並みは、千年ほど前の中国絵巻に描かれたものとそっくりなんです。でも、一つだけ、大きな違いがある。江戸の町並みには『のれん』があること。商品を前面に出して売ろうとするのではなく、のれんをくぐった奥で、客と店主が信頼関係を結ぶ。そこが誠品の精神にも通じています」
その言葉通り、「回」の字形のフロアには回廊と藍色の「のれん」が配され、江戸時代の往来のような雰囲気を醸し出す。天井を見ると、四角い灯籠型の照明「九宮灯」に、松尾芭蕉の俳句が浮かび上がる。
世界中の都市が、声高なメガブランドショップに埋め尽くされるご時世だが、ひそやかさ、繊細さ、親密さを愛する感性で、台湾と日本は通じ合う。
「私は黒沢明、小津安二郎の映画も好きですし、現代日本の建築家、クリエイターの仕事にも、常に注目しています。日本のデザインは、わび、さび、禅をルーツに持ち、それらをすぐれた現代性に表現している。背後には、中国と日本の歴史的な文化の連続性があります」
長く欧米を手本にしてきた日本の商業と建築シーンにも、千年以上のつきあいがある中華の風が吹くようになった。(ジャーナリスト・清野由美)
※AERA 2019年10月14日号