日本政府が韓国向けの輸出規制措置の強化に踏み切ったのは7月1日だった。直前の大阪でのG20サミットの際、日韓首脳会談が成立しなかったという背景はあるが、徴用工訴訟で賠償を迫られている日本企業に実害が出るなどの動きはなかった。
政府関係者の一人は「(21日投開票の)参院選目当ての動きだったと言われても仕方がない」と語る。実際、朝日新聞の調査でも、輸出規制が「妥当だ」と答えた世論は56%に上った。参院選直後、韓国専門家は知り合いの自民党国会議員からこう打ち明けられた。
「選挙戦で、あんなに熱く応援されたのは初めてだった。これじゃあ韓国に強く出ざるをえない」
政治目的がにじむ措置だったため、理論武装もいい加減だった。世耕弘成経産相はツイッターで、徴用工問題を巡ってG20までに満足する解決策が得られず、韓国との「信頼関係が著しく損なわれた」ことを、規制強化の理由の一つに挙げた。ところが、「政治報復を経済で行った」という批判がわき起こり、「規制は徴用工問題とは関係のない国内措置」という論法に切り替えた。
だが、逆に「徴用工と輸出規制は別問題」という論法を取ったため、韓国が徴用工で譲歩しても、日本は規制措置を取り下げられなくなった。官邸周辺によれば、過去の対韓国外交への不満も重なり、今は主戦論一色だという。
出口が見えない中、関係者が懸念するのが、不測の事件事故だ。政府関係者の一人は「日本でも韓国でも過激な人はいる。もし相手国の旅行客などに暴行を加えるような事件が起きたら、取り返しがつかない」と語る。
そして、日韓の喧嘩をほくそ笑むように喜ぶ勢力もある。
北朝鮮は国営メディアを通じ、韓国が日本との防衛協力に見切りをつけるよう促している。
ロシアと中国の軍用機は7月23日、「共同パトロール」との名目で日韓双方の防空識別圏に侵入した。ロシアのメドベージェフ首相は8月2日、択捉島に上陸。ロシア軍は5日から北方領土も含む地域で軍事演習を始めた。
米国の仲裁を断った安倍政権だが、「長い目で見れば、日本の経済や国際的地位を傷つけたという批判は免れない」という声が日本政府内でさえ起きている。(朝日新聞編集委員・牧野愛博)
※AERA 2019年8月26日号より抜粋