文政権は、市民団体の不満がくすぶるなか、17年5月に誕生した。大統領選当時、候補者たちは、知人への便宜供与で国民の批判を一身に浴びた朴槿恵(パククネ)前大統領たたきに走った。各候補は、保守も進歩(革新)も入り乱れ、辛さんが胸を痛めたと語る釜山総領事館前の少女像を、我も我もと訪れた。文氏も17年1月に訪れ、像に献花。日本の公式謝罪と賠償を求める考えを示した。国内の政争が、「朴槿恵政権の業績の全否定」になり、一般市民が反論しにくい「慰安婦問題での日本バッシング」につながった。
徴用工問題もその一つだ。徴用工像が韓国・ソウルの竜山(ヨンサン)駅近くに設置されたのは17年8月。主導したのは、文政権の有力支持団体である全国民主労働組合総連盟(民労総)だった。労働者の賃上げなどを主張する民労総にとり、徴用工像は世間の話題を集めやすく、かつ反発を招きにくい便利なツールだった。
●安倍首相と文大統領は、最も合わない組み合わせ
特に、最近の韓国は忍び寄る超高齢化社会や若者の失業率増加などで、社会にストレスがたまっている。朴政権を退陣に追いやった「ロウソクの灯集会」は、たまりにたまった市民の不満の爆発だった。
辛さんが通う「オリニ大公園」にも高齢者向けの無料炊き出し所がある。辛さんは「韓国では炊き出しのお世話になるお年寄りは、珍しくありません」と語る。「若い人は若い人で、就職難でみな釜山を出て行くんです」
また、朴前政権は日韓関係の改善を模索していた13年秋、元徴用工への損害賠償を認める判決が予想される大法院の審理を遅らせるよう、司法に要請した。これが、文政権の「積弊(積み重なった旧来の弊害)清算」の標的になった。朴政権の要請を受け入れ訴訟の進行を遅らせたなどとして当時の大法院長(最高裁長官)は19年1月、逮捕された。
従来の「日帝36年の被害者への配慮」に加え、「文政権への配慮」も加わって、慰安婦問題や徴用工問題で日本に理解を示す声は細くなる一方だ。
問題はそれだけではない。
「今の日韓対立の根本は、首相官邸と青瓦台(韓国大統領府)の不仲にある」。先日、会食した日本政府当局者はこう言ってため息をついた。
安倍晋三首相と文在寅大統領。歴代の日韓両首脳として、最もウマが合わない組み合わせだろう。
不仲の契機は、18年2月9日、安倍首相の平昌冬季五輪開会式出席に合わせて行われた日韓首脳会談だった。