専業主婦から一躍、流行作家となった森瑤子。母娘の葛藤、主婦の自立、セクシュアリティーなど女性が抱える問題を小説に描いた作家の人生を、身近な人物への取材から浮かび上がらせる。『森瑤子の帽子』の著者であるジャーナリスト・島崎今日子さんに、同著に込めた思いを聞いた。
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肩パッドの入ったシックなジャケットにエレガントな帽子──本書の装丁に使われている写真は、作家・森瑤子のイメージそのものだ。
1978年、専業主婦だった38歳のときに初めて書いた小説『情事』でデビューした森は、日本がバブル景気に沸くなか、華やかな流行作家として誰もが知る存在になってゆく。胃がんのために52歳で死去するまでに世に出した本は100冊に及ぶが、若い世代にはその存在を知らない人も増えてきた。
本書は、ジャーナリストの島崎今日子さん(64)が、森瑤子のイギリス人の夫と3人の娘をはじめ、山田詠美さん(60)ら作家や女友達など、彼女をよく知る人々への取材を通じて、「作家・森瑤子とは何者だったのか」を問う評伝だ。
「私のテーマは時代と女性の関係です。前作『安井かずみがいた時代』にも森瑤子は登場し、二人は同世代。とはいえ、最初は書くつもりがなかったんです。森さんがデビューした頃、私は大学生で、彼女が抱えていた葛藤に共感するには若かった。森さん自身が精神分析を受けて書いた『夜ごとの揺り籠、舟、あるいは戦場』は面白く読んだけれど、ゴージャスな私生活は別世界でした」
そんな島崎さんが「書こう」と思ったのは、山田さんが熱く語る森瑤子のエピソードを聞いてから。「私は小説しか書かない。これは島崎さんの仕事だよ」と山田さんに勧められた。
「森瑤子が抱えていた問題は、現代の働く女性が持つ葛藤と同質だと気づきました。森さんは流行作家として膨大な量の仕事を抱え、同時に華やかな社交生活も諦めなかった。そのために夫の不満は爆発し、娘たちとの関係もうまくいかなくて、母や妻、主婦としての役割を果たせていないのではとずいぶん悩んだ。でも、もしも彼女が男性作家だったら? 男性作家なら子育ても家事も妻にまかせ、存分に原稿を書き、恋愛も大目に見られたでしょう。森さんの苦しみは、女性だからこそ持たねばならないものでした」