生物学者・福岡伸一による週刊誌「AERA」の人気コラムが「AERA dot.」でリニューアル! メディアに現れる科学用語を福岡伸一が毎回ひとつ取り上げ、その意味や背景を解説していきます。いわば「科学歳時記」。第2回は、2024年をめどに千円札の「顔」になることが決まった医学者の「北里柴三郎」です。
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コッホの三原則、というものがある。
病気と病原体を関係づける際のクライテリア(評価基準)で、ドイツの細菌学者ロベルト・コッホが確立した。
まず病原体と目されるものが、病巣から必ず見いだされなければならない(第一原則)。でもこれだけでは原因か結果かわからない(病気になったところへ取りつく菌もいる)。そこで、その病原体を単離し、シャーレの中で純粋培養したのち、健康な宿主に投与すると同じ病気が発生することを確認しなければならない(第二原則)。でもこれでも不十分である。培養液に含まれる毒素や重金属のような物質でも病気をもたらしうるからだ。そこで増殖した病原体が再び宿主から確認される必要があるとした(第三原則)。
19世紀末、コッホの元に留学し、ジフテリア菌の研究とその血清療法で画期的な成果を上げたのが北里柴三郎である。
コッホ門下の同僚ベーリングが、第一回ノーベル医学生理学賞を受賞したとき(1901年)、北里も当然、共同受賞者となるべきであった。帰国してからは福沢諭吉と協力し、日本の公衆衛生向上のため、伝染病研究所を設立した。それが東大に移管されることに反発し下野、北里研究所を作った(現在の北里大学の母体)。
さらには官学に対抗して慶應義塾大学に医学部を設置。初代学部長となった。日本医師会も創設した。いうなれば北里柴三郎は日本の医学界の父であり、反骨精神あふれる明治人でもあった。
またプライベートでも精力旺盛で、正妻とのあいだに6人の子ども、複数の妾(めかけ)とのあいだに5人の婚外子をもうけた。このようなエネルギッシュな人物こそお札の肖像にふさわしい。日本の経済を牽引していただきたいものである。
◯福岡伸一(ふくおか・しんいち)
生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授を経て現職。著書『生物と無生物のあいだ』はサントリー学芸賞を受賞。『動的平衡』『ナチュラリスト―生命を愛でる人―』『フェルメール 隠された次元』、訳書『ドリトル先生航海記』ほか。
※AERAオンライン限定記事