姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 2回目の米朝首脳会談は不発に終わりました。様々な臆測が飛びかっていますが、北朝鮮と米国との間の「速度戦」と「持久戦」をめぐるズレが、最大の原因ではないかと思われます。

 北朝鮮は「寧辺核施設の解体」というカードを切ることで、制裁の部分解除という一点突破から、速やかに制裁の完全解除まで実現しようとする全面展開の速度戦に出ました。それに対して米国は「寧辺+α」の核施設の解体を目指し、持久戦も辞さない外交戦略だったに違いありません。

 すでに会談の前から、トランプ大統領が3度目の会談もありうるとほのめかしていたのは、米政府が持久戦もありうると想定していたからでしょう。そのうえで米国が2回目の首脳会談に応じたのは、あわよくば一挙に寧辺+αの核施設の不可逆的な解体について合意に達する可能性も計算に入れていたからだとすれば、米国は持久戦と速度戦の両にらみで首脳会談に臨んだことになります。

 ここで米国が考える+αとは、おそらく寧辺の核施設に近接する分江地区の地下高濃縮ウラン施設が有力です。このウラン施設は、これまでメディアでは取り上げられてこなかった施設で、北朝鮮は米国がその施設のことを察知し、非核化の対象にしたことにたじろいだのではないでしょうか。

 結果、物別れに終わった米朝首脳会談ですが、トランプ大統領は「決裂」という表現は使っていません。またポンペオ国務長官も今後の交渉に期待感を表明しています。大規模な米韓合同演習の中止に見られるように、米国は米朝関係を後退させたいとは考えていないようです。また北朝鮮も、トランプ政権への非難を抑制し、交渉継続への意思を示唆しています。

 おそらく北朝鮮は韓国との再接近を図るとともに、かつての非核化のための6カ国協議のような多国間協議の枠組み作りを通じて米国を牽制しつつ、交渉を継続させていくことになりそうです。朝鮮半島に起きつつある変化は、否応なしに半世紀以上も続いた分断体制の「終わりの始まり」になる可能性が強く、それに対応した北東アジアの新たな平和体制構築のビジョンが問われています。

AERA 2019年3月18日号