政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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3時間にも及んだ日ロ首脳会談ですが、外相、外務次官の交渉を2月に行うこと以外に北方領土問題の具体的な進展は示されませんでした。
安倍晋三首相とプーチン大統領が昨年11月に合意した「日ソ共同宣言を基礎に平和条約交渉を加速させる」とは、一言でいえば「平和条約と領土問題は切り離す」ということです。しかし、日ロ外相による平和条約締結交渉の際に歴史認識をめぐり対立が明らかになったように、多くの課題が見えています。
驚いたのは、ロシア側が「ロシアの主権を認め、ロシアの主権となる歴史的な理由も認めなさい」と言っていることです。さらに「北方領土の主権はロシアに帰属するが経済的な活用や人の交流は自由にやりましょう。それでお互いの平和条約を結びましょう」と言っています。このままでは、不法占拠という歴史的な前提をも覆されかねません。そんなことになれば、元島民だけでなく保守層も黙ってはいないでしょう。
あらためて日本を取り巻く国々との外交を振り返ると、中国、韓国、北朝鮮と、摩擦や対立、不信が顕著です。頼みの綱の米国とも貿易通商をめぐる摩擦が激しくなりそうです。歴史を振り返ると、国際関係で周辺諸国、さらに米国と困難な隘路に陥ると日本はなぜか、北方の大国に打開の糸口を求めるようです。大戦末期、連合諸国との仲介を旧ソ連に託そうとした近衛文麿などがその最たるものです。
今、日ロが平和条約を結んで蜜月関係を築くとしても、その結果、ウクライナ問題でロシアと鋭い対立関係にあるNATO諸国から不信の眼差しを向けられます。また、事実上、領土問題を棚上げにしたような対ロ関係の正常化は、尖閣諸島や竹島をめぐる領有権問題にまで波及しかねません。歯舞、色丹の2島の問題であっても、その主権の所在次第で日米安保の問題にまで連動するはずです。
なぜそこまでロシアとのブレークスルーに前のめりなのか。安倍首相とプーチン大統領の首脳会談は25回にも上ります。お互いの手の内がわかっているはずです。しかし、一向に展望が開かれているように見えないのはどうしたことでしょうか。
※AERA 2019年2月4日号