竹増貞信(たけます・さだのぶ)/1969年、大阪府生まれ。大阪大学経済学部卒業後、三菱商事に入社。2014年にローソン副社長に就任。16年6月から代表取締役社長
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持ち運びしやすい文庫本で読むことが多く、最新作を確認することが、書店に足を運ぶきっかけにもなっていました

「コンビニ百里の道をゆく」は、49歳のローソン社長、竹増貞信さんの連載です。経営者のあり方やコンビニの今後について模索する日々をつづります。

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 今回は少し趣を変えて、私が好きな本の話をしたいと思います。愛読書の一つに宮本輝さんの「流転の海」シリーズがあります。宮本さんが37年間も書き続けてきた自伝的小説で、10月末に発売された第9部『野の春』で完結を迎えました。

 物語の主人公は、宮本さんの父がモデルと言われる松坂吾という実業家の男性。戦後の動乱期、さまざまな運命に翻弄されながらも、熊吾は妻の房江と、50歳にして生まれた初子の伸仁と共に人生を切り開いていきます。大阪、愛媛、富山などを舞台に、波乱に満ちた熊吾の半生を通して、仕事、家族、人生とは何かを考えさせられ、自分と重ね合わせる部分も多くあります。

 私が初めて読んだのは30代前半で、自分の仕事とどう向き合うべきか悩んでいた時期でもあり、熊吾の生き方は、いくつもの気づきを与えてくれました。

 熊吾はとてもプライドが高い男だけれど、伸仁の体調がすぐれないと分かると、大胆にも大阪で作った会社をかなぐり捨てて、愛媛に引っ込みます。再び宿命に導かれるように大阪に舞い戻って事業を始めますが、今度は取り巻きにだまされ、人生が流転していきます。

 でも、熊吾はどんな窮地に陥っても決して人をだましはしない。「なにがどうなろうと、たいしたことはありゃあせん」と堂々と生きていくのです。そして伸仁にも「自分の自尊心よりも大切なものを持って生きにゃあいけん」と教えます。

 これらは私の胸に深く刻まれた「名言」です。

 自尊心を持つのは大切です。でも、大切なものを守るためにそれを捨てる覚悟を持って生きなければならないと、この本から教わりました。何が起ころうと「たいしたことはない」と思える強さを身につけるべく、日々精進。

 熊吾のように「たいしたことはありゃあせん」の精神で、人生を堂々と歩んでいけたらすてきだなと思います。

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