この地で昭和6年に操業を始め、かつては数万人の従業員が働き、この町の中心的存在だった造船所は産業界の“遺産”ではあるが、実はカルチャーの世界では今も現役だ。造船所跡にある複合施設「クリエイティブセンター大阪」はイベントスペースとしても使われ、大阪のカルチャー好きな人なら、ライブやイベントなどで一度は訪れるという有名スポットとなっている。

 そんな北加賀屋と森村さんを結んだのは、約2年前の大規模な個展で森村さんが制作した映画。ロケ地として選んだのが、北加賀屋だった。この土地に引きつけられた森村さんは、個展の会期中、名村造船所跡地のイベントスペースで、映画にまつわるセットや小道具などを展示するもうひとつの展覧会も開催している。森村さんはこう話す。

「ピカピカの都市ではなく、空き家もあれば、働く人もいて、住む人もいる。また大きな造船所跡や小さな元喫茶店もある。ロケ地に選んだのは、自分のテーマに、そんな北加賀屋の風景がフィットしたのが大きかったと思います」

 この町が「ピカピカの都市ではない」のは、ワケがあった。北加賀屋のほぼ半分という広大な土地が、古くからの大地主で、現在も大阪市内に30万坪の土地を持つ「千島土地」という会社の持ち物なのだ。そして古い町の景観は、いわば意図的に、同社によって守られてきた。

「これだけの広さの土地を持っていれば、普通なら更地にしてビルを建てることを考えますよね。でもこの会社はそれをしない。古い風景を残しつつ、変えていくというコンセプト。僕もそれがすごく好きですね」(森村さん)

 前出の造船所跡地の大家でもあるほか所有する空き家をアーティストに貸し出すなど、同社が10年近く前から北加賀屋でアートプロジェクトを手がけていることも、以前から知っていた。

「そこで千島土地の社長に聞いたんです。次は美術館が必要じゃないですか? ミュージアムという名前のついた施設を造りませんか?って」(同)

 こうして、千島土地の協力で、とびきりユニークなモリムラ@ミュージアムは設立に向けて動き出した。森村さんは言う。

「ニューヨークを始め、世界のさまざまな都市で展覧会を開いてきましたが、場所によって展覧会の表情は大きく変わる。町には真ん中の賑やかな場所がある一方で、その対極にあるような町外れの場所もある。どちらも見失ってはいけないと思っています」

(ライター・福光恵)

AERA 2018年12月17日号より抜粋