縄文時代の土偶が大好きで、土偶に関する著作『にっぽん全国土偶手帖』などもある、ライターの誉田亜紀子さんは、出土する遺物の種類も多く、歴史背景も複雑な古墳時代などと比べ、「縄文は素朴で素人にもわかりやすい面がある」と話す。

「土偶や土器などの造形品も、一定の約束事を満たしながらも、本当に自由に作っている。そこにひかれる人は多いのではないでしょうか」

 実際、「ハート形土偶」(群馬県東吾妻町)にみられるような極端にデフォルメされた頭部の表現や手足とのアンバランスさ、「土偶 縄文のビーナス」(長野県茅野市)や「顔面把手」(山梨県韮崎市)の目・口・鼻などの表現、「人形装飾付有孔鍔付土器」(山梨県南アルプス市)に表された3頭身で歌っているかのような人物像など、キッチュで、いまの私たちの審美眼にも通じる「かわいさ」に満ちている。

 もう一つ、現在の縄文人気を後押ししているのが、自然を大切にし、自然と共生していたという、エコロジカルなイメージだろう。実際、「縄文」でネット検索すると、「エコロジー」や「オーガニック」などの単語を冠した本やイベントが数多くあることに気づく。

 実際、縄文人たちは、自らが獲得した限られた資源を極めて有効に活用していた。その意味では、私たち現代人が学ぶべき点が多いことも確かだ。

 しかし、だからといって、縄文人たちがのんびりとした暮らしをしていたかといえば、それは間違いだ。

 古人骨に残る病気を調べている、明治大学兼任講師の谷畑美帆さんによると、縄文人には現代人にほとんど見られない、下肢中央での骨折痕が目立つという。「現代では、老化が原因の太ももの骨端部の骨折が多いが、それとは対照的。食料獲得のため、かなり無理をしていたのではないでしょうか」

 また、私たちの多くは、社会的な格差が生まれ、富の分配を巡って「戦争」が始まるのは、稲作が本格化する、縄文時代の次の弥生時代からと考えているが、墓などの研究からみる限り、縄文時代にも階層はあり、戦いの傷を受けて亡くなったと思われる人骨も出土している。つまり、現在、私たちの抱いている「縄文」のイメージの一部は、実は、完全な思い込みである可能性が高いのだ。

 国立歴史民俗博物館の山田康弘教授(考古学)は「縄文時代は決してユートピアではなかった」と話す。
「人口が少なかったので破壊には至りませんでしたが、自然も相当切りひらいています。資源の枯渇などにも直面したと推測され、それらを克服するために、呪術具としての土器や土偶を精緻に作り、祈りを込めたのではないでしょうか」

(朝日新聞編集委員・宮代栄一)

AERA 2018年7月30日号

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