「大切なのは、我々がオラの人生の“目撃者”になってあげること。誰かが『あなたの置かれた状況は、不公正なものだ』と声をかけ、見守ってあげることだと思うのです」

 スペイン映画「悲しみに、こんにちは」も、みずみずしく子どもの心理を捉えた作品だ。

 舞台は93年のカタルーニャ。両親を亡くした6歳の少女フリダは、母の弟である叔父夫妻に引き取られる。夫妻はやさしく、彼女を慕う妹もできるが、フリダは新しい家族になじめず、理由なき反抗を繰り返してしまう。美しい田舎の映像とともにビクトル・エリセ監督の「ミツバチのささやき」を思わせる。

 映画はフィクションだが、物語はカルラ・シモン監督(31)の経験に基づいている。映画中でははっきりとは描かれないが、フリダの両親はエイズで亡くなっている。

「私も3歳で父を、6歳で母をエイズで亡くしました。この時期、ほとんどすべての人がエイズで亡くなった誰かを知っています。90年代初頭のスペインでは約2万1千人がエイズで亡くなったのです」

 ヨーロッパのなかでも特にスペインの発症率は高かった。そこにはスペインの社会的背景がある。

「80年代のスペインはフランコ政権が終焉し、自由と解放感に満ちていました。そのなかでドラッグが蔓延しHIV感染の増加が引き起こされたのです。私が生まれた86年は母子感染が30%にのぼりました。私は幸い影響を受けませんでしたが、95年にようやく治療薬ができるまで、あまりにも犠牲が多かった」

 両親を失った子どもたちも少なくない。

「私は恵まれていたと思います。大学に進むことができ、映画の勉強のために留学することもできた。叔父夫婦に私を託すように決めてくれたのは母でした。私にとって何が一番大事な環境かを、母は考えてくれたのです」

 現代のスペインにもさまざまな問題を抱える子どもたちがいる。カルラ監督は学生時代から、子どもや10代の若者に映画を通じての学びを実践してきた。

「両親の離婚で両方の家庭を行き来している子、異常な過保護と過干渉を受けている子もいれば、両親が揃っていても親に見放されている子もいる。彼らに映画を見せて『自分の身の回りのことも題材になるんだ』と知ってもらい、自分の経験から短編映画を撮ってもらうんです。彼らによい経験になっていると感じます」

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