![姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍](https://aeradot.ismcdn.jp/mwimgs/3/1/443mw/img_31052e58bcfb1fabf9e07824438111a237228.jpg)
![オウム事件「ケリをつけるための死刑執行は在庫一掃セールのよう」(※写真はイメージ)](https://aeradot.ismcdn.jp/mwimgs/c/2/620mw/img_c240a7e3a7404f69c9d7215745c721c245140.jpg)
政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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オウム真理教、教団トップら7人の死刑が執行されました。松本智津夫元死刑囚が万死に値することは間違いありませんし、被害者やその家族にとって一つの区切りという面もあるでしょう。しかし、なぜこの希代のペテン師に学歴も知性も備えた若者がイカレてしまったのか、依然として解き明かされぬままです。裁判で宗教家や心理学者、哲学者ら専門家の意見も聴取しつつ、元死刑囚の闇に迫ってほしかったと思います。裁判には可能な限り真相に迫り、歴史の検証にたえうる記録を残すという役割もあります。これらがほとんどすっぽかされたまま、ケリをつけるための死刑執行はまるで在庫一掃セールのような様相を呈しました。海外の反応も、その異常さに疑義を唱えるものが多かったと思います。
また、死刑執行後の問題として松本元死刑囚の死が後続の教団メンバーから殉死と見なされかねない問題が浮上しています。遺体の引き取り人として四女を指名したとされていますが、妻らも遺体の引き渡しを求めて要求書を提出しています。こうした問題から思い浮かぶのは、ナチスドイツです。ヒトラーの自決を殉死とみなし、崇拝が復活しないよう連合国の間にその遺体の在りかを明かさない暗黙の了解がありました。また、ニュルンベルク裁判ではユダヤ人虐殺も含めてナチスの全容解明がある程度進みましたが、オウム裁判ではその全容も明らかにされず、しかも非公開なはずの死刑執行がまるでメディアイベントのように伝えられました。それは非公開の公開処刑という様相を呈したのです。これらが異常とも感じられず、むしろ留飲を下げる「快挙」として歓迎されるとすれば、私たちの社会が深く病んでいる兆候でしょう。
この点で大きなヒントを与えてくれるのは、松本サリン事件で冤罪に近い扱いを受けた河野義行さんの生き方です。サリンによる重篤な後遺症を負った妻の看護に明け暮れながらも、河野さんはオウム事件をその内側から理解し、その中に潜む狂気を私たちの問題として引き受けようとされました。河野さんの生き方は、私たちがオウムとどう向き合うべきなのか、その手がかりを与えてくれています。
※AERA 2018年7月23日号
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