さらに田中教授によると「総合商社」という言葉自体は戦前にはなかったという。明治維新以降に政府が外貨を稼ぐための輸出奨励策を打ち出すと、その仲介役として三井物産や三菱商事といった「商社」が設立された。伊藤忠と丸紅は、近江商人の伊藤忠兵衛が創業した繊維商社が源流。住友商事は大阪の不動産会社を母体に、唯一戦後に発足。それぞれ鉄鋼部門を強化するなどして、60年代前半には、いわゆる「10大総合商社」体制が確立した。

 総合商社は戦後、何度も「冬の時代」や「商社不要論」を乗り越えてきた。記憶に新しいところでは90年代半ば、バブルが崩壊すると各社とも不良資産の整理やリストラに次ぐリストラで「商社崩壊論」がささやかれた。

「いつつぶれてもおかしくなかった」

 ある商社の中堅社員は振り返る。実際、体力で劣る下位商社は次々と、総合商社の看板を下ろしていった。こうして、無傷で従来の社名をキープしたのがいわゆる「5大商社」だ。おおむね三菱、三井、住友の財閥系御三家と、伊藤忠と丸紅の繊維をルーツとする2社に分類される。グループの特徴から「組織の三菱、人の三井、結束の住友」などと称される。伊藤忠と丸紅は「野武士集団」だ。

 それぞれ社風が違えば事業領域も異なる。三菱商事は、エネルギー事業に強みを持ち資源開発で先行する。三井物産は金属資源・エネルギー部門などが中核。伊藤忠は非資源ナンバーワンで、繊維や食料など生活消費関連に強い。住友商事はメディアや生活関連事業に実績がある。丸紅は電力と穀物に強みを持つ。

 5社に共通するのは、好調な実績に見合った高い給与水準だ。三菱商事、伊藤忠、三井物産、丸紅、住友商事の順で、各社とも年収1千万円以上の高水準となっている。そして女性の総合職が増え、子育てなどをしながら働く環境も整った。

 宴はいつまで続くのか。 米中貿易摩擦による環境悪化など懸念材料はあるが、結論から言えば、世界経済は好調で業績が急落する要因は見当たらない。

 とはいえ不安や課題が消えたわけではない。多くの総合商社が挙げるのがAI(人工知能)や、あらゆるモノがネットにつながるIoTがビジネスに及ぼす影響だ。AIやIoTは「第4次産業革命」と呼ばれるほど世界のモノづくりやサービスを劇的に変える可能性があるといわれる。各社は、

「意図した事業ポートフォリオの構築を目指して投資を実行していく」(三菱商事)

「当社事業基盤の強みを生かせる成長分野を特定、積極的に経営資源を投入し、新たな価値の創造に取り組む」(住友商事)

 と、対策を模索する。

先の田中教授は、総合商社の強さをこう語る。

「各社、トレードを軸にした事業運営と事業投資が確立し、リスク管理がしっかりできている。また、過去に何度も冬の時代や不要論を経験し危機に対する強い意識を持っている。何より、高利益をあげたとはいえ浮かれている社員はいないと思います」

 おごることなく、自己改革を怠らず、貪欲に前進する。変革するDNAを武器に、総合商社は未踏の領域に突き進む。(編集部・野村昌二)

AERA 2018年7月23日号より抜粋

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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