「早く導入されるといいなあ。あとね、私、自分の家が本当にゴミ屋敷になりそうな時、2千円払って業者に来てもらって片づけているんです。もったいないけど、そういうお金は何とか工面します」

 私は彼女の顔をじっと見つめた。本当にきれいな顔だった。毅然としたキャリアウーマンの身だしなみだった。金色の大きなピアスをし、指にも金の指輪をはめ、スキのない化粧とファッションに身を包んでいる。

 あなたはなぜここに座っているのか、と私は尋ねたかった。今でもこれだけきれいなのだから、若い頃は人が振り返るほどの美人だったに違いない。芸能界でも水商売でも十分通用する顔立ちだ。今からだって、水商売の世界に飛び込んだら、売れっ子になるだろう。

 それをなぜ、ベーシックインカム(国民配当)を作ってくれなどと言うのか、なぜ下流へ行こう、下流へ行こうとしているのか。恐らくメンタルの問題を抱えているのだろうとは思ったが、彼女の風貌を見ていると、それがダイレクトに結びつかなかった。

 メールを送りたいので、もしよかったらアドレスを交換していただけませんか、とお願いすると、パソコンがない、と言われた。携帯電話番号を交換した。彼女の携帯はガラケーだった。確かに裕福ではないのは、発言の通りなのかもしれない。しかし、彼女は美貌を生かした仕事に興味を持つことなく、慎ましやかに、現状の生活に安息しているようだ。

 その時、私は別の「現役」の二人のひきこもりの知り合いを思い出した。一人は50代半ばの男性で、「自分はエリートなので、I商事の商社マンと知り合いになって異業種交流を深めたい」が口癖の、中卒の生活保護受給者だった。狭い部屋で何を考えていたのか不明だ。もう一人は実家暮らしの40代半ばの女性で、中学時代に片思いした男性宅を頻繁に訪れ、相手に嫌われているにもかかわらず、「大人のおもちゃ」をプレゼントして相手を喜ばせようと必死だった。二人ともやることが見当外れで、どこか可笑(おか)しみがあった。

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