小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『歳を取るのも悪くない』(養老孟司氏との共著、中公新書ラクレ)
小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『歳を取るのも悪くない』(養老孟司氏との共著、中公新書ラクレ)
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是枝裕和監督の「万引き家族」はカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞した (c)朝日新聞社
是枝裕和監督の「万引き家族」はカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞した (c)朝日新聞社

 タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。

【写真】トロフィーを手に笑顔の是枝監督

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 是枝裕和監督の「万引き家族」を観てきました。

 物で溢れた古い民家に、老女と中年夫婦と若い女、2人の子どもが暮らしています。家族のように見えるけれど、寄せ集めの人々です。収入は老女の年金と、夫婦の僅かな稼ぎのみ。そんな一家は日常的に万引きをして日用品や食料を調達しています。

 中年夫婦はどうやら昔から馴染みの間柄ではあるようです。老女は自分を捨てて再婚した亭主の遺影を仏壇に飾っています。11歳の男の子は、中年夫婦に“拾われ”ました。「学校は家で勉強できないやつが通うところ」という男の言葉を信じて、どこで手に入れたのか、押し入れに持ち込んだ教科書を独学で読んでいます。痩せっぽちの5歳の女の子は、ここに来る前は寒いベランダで震えていました。老女を慕う若い女はJK風俗店で働くことに。源氏名は、今も恵まれた家庭で暮らす妹の名前です。

 彼らの背景にあるのは貧困や虐待の連鎖、機能不全家族です。身を寄せ合うこの家には暴力や罵声はなく、親密な温もりがあります。でも「貧しくとも心優しい、本当の“家族”の物語」というわかりやすい話ではありません。

 リリー・フランキーさんが演じる男は子煩悩ですが、子どもに万引きさせることに罪悪感はゼロ。安藤サクラさんが演じる女も、店が潰れなければいいんじゃないのと知らぬ顔です。若い女が風俗店で働くと聞いて「それでお金がもらえるならいいわねえ」と頬を緩める老女。演じるのは是枝作品ではお馴染みの樹木希林さん。穏やかな老女が物を食べるシーンには、意外な欲深さがにじみ出ます。

 貧しいけれど平穏な日常の中で一人、この家族の歪(いびつ)さに目覚めていくのが11歳の少年です。彼のとったある行動から物語は急展開し、衝撃の事実が次々と明らかに……。

 そうとしか生きられない哀しさが人を壊し、傷ついた者同士を繋ぎもする。カンヌでケイト・ブランシェットさんが絶賛したという安藤サクラさんの涙のシーンが、それを見事に物語っていました。

AERA 6月25日号