東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン代表。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数
海賊版サイトが悪いことはだれもが知っているが…(※写真はイメージ)
批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセー「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。
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前回、海賊版サイトへの接続遮断の是非をめぐる議論に触れた。そこでは接続遮断もやむなしと記したのだが、この2週間で状況が動いている。というのも、遮断措置導入の経緯があまりに不透明であることが明らかになったからである。
毎日新聞4月6日付の報道によれば、政府は月内に犯罪対策閣僚会議を開き、国内のインターネット接続業者に遮断措置の実施要請を行うらしい。しかし要請に法的根拠はない。むしろ憲法で定められた通信の秘密を犯すとの懸念がある。政府は正当性を刑法上の「緊急避難」に求めると言われるが、妥当性には法学者からも疑義があがっている。
加えてネットでは、異例の迅速な対応の背景に、出版社の強引なロビイングがあったとの噂が流れ、ますます批判の声が高まっている。筆者はいまも遮断容認だが、疑念が残されたままの導入は禍根を残す。遮断要請は国民から特定サイトの閲覧権を奪うものであり、乱用の可能性を考えれば慎重意見が出るのは当然だ。政府および関係者には、丁寧な説明を求めたい。
海賊版サイトが悪いことはだれもが知っている。にもかかわらず今回少なからぬネットユーザーがロビイングした企業を批判している背景には、そもそも日本の出版社が電子化に対してあまりに消極的で、対応サービスの開発を怠ってきたという経緯がある。
音楽も映画も、近年は個別作品の購入ではなく、月額定額料金での聴き放題/見放題モデルが主流になっている。マンガにおいても同様のモデルが求められることは明らかで、実際に2016年、アマゾンが日本で一般書籍も含めた定額サービスを始めたときには、マンガばかりが読まれたため、巨額の分配金をめぐり出版社とアマゾンのあいだで係争すら起きた。その後出版社は個別販売に戻っていったが、そこできちんとニーズに向き合い読者目線のサービスを開発していれば、海賊版サイトがこれほど隆盛を極めることはなかっただろう。
接続遮断が緊急の危機対応だというのであれば、危機が去ったあとの計画も提示される必要がある。出版社のビジョンが問われている。
※AERA 2018年4月23日号