──ピアニストがアナリーゼ(楽曲分析)するように、役柄についても掘り下げるような。
高木:まさにそう。楽曲に取り組み、演奏する上でアナリーゼは肝心。ショパンなら、曲を書いた当時の彼の人生、彼の住む国の歴史、それから曲にどんな言葉を遺(のこ)したのか。あらゆる要素から楽譜を読む。それと同様で、雨宮さんはどんな人なのか、何を思い、どう変わったか……。
反田:僕の阿字野は、全盛期の頃は一大ピアニスト。音楽に真摯に取り組む人。ところが事故後に一転。負傷もする。だから、モーツァルトの本来ちょっと速い軽快な楽章を、楽譜通りには弾けないだろうと、速さを下げて弾いた。憂鬱な場面には哀しいことを思い浮かべ弾いた。カイと出会ってから阿字野も変わっていくわけですけど。
高木:雨宮さんは、ライバル・カイの大事な時に、彼を傷つける一言を放ってしまう。僕は絶対言わないけれど、言わないだけで、心の中では似た要素が自分にもある。それを投影して演奏すると、何かこう、彼の気持ちが分かる気がした。
反田:「つらかったんだね」って。
高木:一見クールでも、彼の中では感情が爆発的に高まる瞬間がある。クールで正統派だからといって、平坦では一切ない。そう思いながら弾き続けた
──監督からはどんな助言が?
反田:「反田君らしく、好きに弾いて。でも阿字野を守ってね」
高木:僕は2回だけ、むしろカイの演奏に寄ってしまった。自由で、楽譜の拡大解釈をしすぎた。余韻をたっぷり利かせて。
反田:たしかに高木君、そういうところカイに似ているかも。
高木:「高木さん、そこはスッといきましょう」って(笑)。
反田:雨宮の序盤の演奏は「コンクール向け」だもんね。正統に弾き、評価に繋げる。
高木:減点されない。
反田:カイは、自分の長所を1秒でも長くアピールできるように組み立てる。全く違うよね。
高木:でも、僕の雨宮さんの演奏が変わっていくことって、大切だと思った。演奏家が何のために弾くのか。それは、減点をなくすためなんかじゃない。
──役にはすぐ入れましたか?
反田:大丈夫でした。自分の良さを出しつつ、「枠」を塗っていく。
──「枠」を塗る?
反田:バッハ、ラフマニノフ、ショスタコーヴィチ、それぞれの「枠」がある。ピアニストはその「枠」で囲まれた世界に色を塗っていく。ただ〓木君が塗ってできるものと僕のものは違う。それは音質だったり、それぞれが持つ、ある種の才能だったり。