湯きりの神事は真夜中に行われる。面をつけた村の男衆が、煮え立つ湯を素手で払い、観衆に浴びせる(撮影/フォトグラファー・宮﨑純一)
湯きりの神事は真夜中に行われる。面をつけた村の男衆が、煮え立つ湯を素手で払い、観衆に浴びせる(撮影/フォトグラファー・宮﨑純一)
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 日本各地にある様々な“奇祭”。それぞれに独特の魅力があるが、長野県の山村で行われるそれは、あの映画のモデルにもなったとされている。

 南アルプスを望む標高1千メートル、最大斜面40度という険しい南斜面に、平家の落人が拓(ひら)いたと伝わる山村がある。およそ50世帯が暮らす「下栗の里」(長野県飯田市上村下栗)。12月13日に夜を徹して行われる「霜月祭」は、珍しい神仏混交の奇祭だ。集落の長老で、祭りを取り仕切る「ねぎさま」の大役を務めたこともある野牧権さん(78)は、これは「生まれ清(きよ)まれり」の祭りだと話す。

「1年で最も日が短く、太陽光の弱まりと共に生命力も衰えると信じられてきました。そこで、諸国の神々をお招きし、お湯を沸かし、自らもそのお湯をかぶることで生命の再生を願うんです」

 祭りの舞台は村の鎮守である拾五社大明神の本堂。祭壇の中央には、火がたかれ、鼎(かなえ)と呼ばれる巨大な釜に熱湯がたぎる。白装束に身を包み、笛の音に合わせて神楽を舞うのは村の男たちだ。

 クライマックスは「湯きり」と呼ばれる神事。800年前から守り継がれてきたという「面(おもて)」をつけた男たちが、邪気を退散させる九字を切り、真言を唱えながら、素手で祭壇のたぎった湯を四方八方にまき散らす。この飛沫(しぶき)を浴びると無病息災がかなうとあって、祭壇を囲む人々から歓声があがる。

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