暮らしの困難ゆえ時間はかかったが、かつてない育児小説が誕生した。なにしろ、カリスマホストの自宅前に見知らぬ赤ちゃんが置かれたのを皮切りに、クラウドファンディングの手法で子育てをしよう、という内容である。従来のモラルは逆なでされ、エンターテインメントのドライブ感と切実さが両輪になって物語は疾走する。本書に収録されている2015年が舞台の表題作と、東京オリンピックの翌年、2021年に設定された続編の「キャッチャー・イン・ザ・トゥルース」を続けて読むことで、視界も感嘆も大きく広がっていく。
「書くにあたり悩みましたが、自分が書くなら、ということで考えたのが例えば母親捜しをしないで男だけで育てたらどうなるか。またクラウドファンディングを使いましたが、小説には、なにかしら最新技術を入れるようにしています」
依頼にとまどいながらも自分の流儀で答えを出していく作家の根底にあるのは、現在の文学に対する危機感だ。
「このままだと文学は本当に売れないジャンルになり、伝統芸能として保護の対象になってもおかしくない。大衆性を持ちつつ、作家性も生きている作品が理想です。文学の世界では過去を描いたほうが評価される風潮がありますが、ぼくはもっと未来が読みたい。多くの作品は、全体性を確保できず、断片化している。ぼくはそういう傾向に抗い、あらゆるものが混沌とした全体を、そして未来を書きたいんです」
常に新作を期待させるには十分すぎる闘いの言葉である。(ライター・北條一)
※AERA 2017年10月30日号