●頼みの綱は占拠運動

 二つの世界に分断された都市。分断の姿は、オリンピックを機に大規模再開発が行われた港湾地区にもあった。

 さびれて人気もまばらだった客船用桟橋周辺に、路面電車や博物館などを整備して観光客のにぎわいを呼び込んだ。生まれ変わった港湾地区は、しかし路地裏に回れば以前の姿のままだ。朽ちるにまかせた古びた建物が数多く目に入る。

 港湾地区には、そんな廃墟ビルを舞台にした運動の場が点在する。政府の差し押さえ物件をねらってビルを占拠して、共同管理のもとで修繕しながら住み続け、居住権を認めるよう政府に求めていくという運動だ。

 そのひとつ、ビトジアノッチ占拠地と名づけられた廃墟ビルを訪問した。かつてはホテルだった建物に現在、22世帯、40人が暮らしている。

 3月からここに住むマリア・ゼリアさん(62)は、「家賃が上がり続けて払うのがもう限界だった」と運動に加わった理由を語る。ひとり暮らしの家賃は収入を超える1500レアルにまで達した。リオデジャネイロの家賃相場は高く、ファベーラの中でさえ間借りの一部屋が300レアルは下らない。

 家賃を払えず路上生活者となるか、そのぎりぎり一歩手前の人々にとって、ビル占拠運動は頼みの綱だ。ビトジアノッチ占拠地では、強制退去処分をおそれながらも、居住権を求めて国や市との交渉を続けている。

●景気後退で治安悪化

 予算削減のため民間資金の活用がうたわれたオリンピック。しかし州や市の支出は大きくふくらみ、企業に与えた免税措置がさらに予算を逼迫させている。景気は後退し、州の8月の失業率は15.6%に達した。

 市内各地のファベーラでは治安の悪化が進み、武力でそれを抑え込もうとする警察の治安維持部隊と麻薬犯罪組織の間で激しい銃撃戦が頻発している。治安回復の最も確かな処方箋は、武力ではなく格差の解消のはずだ。しかし財政赤字を理由に、社会保障や教育などの予算は縮小を続けている。

 ペニャさん一家は、自宅に抵抗の軌跡を記録した写真を展示して訪問者を受け入れている。ささやかなそのスペースは「強制退去博物館」と名づけた。日本から来た私の目をじっと見てペニャさんは言った。

「次は東京ね。平和の祭典のはずのオリンピックの名のもとに何が起きたのか。いったい誰の利益のための祭典なのか。次にまた他の場所で繰り返させないためにも、私たちが経験したことを語り伝えたい」

(ジャーナリスト・下郷さとみ)

AERA 2017年10月16日号