経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
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「私は、自分がカタルーニャ人であることをしっかり認めてもらえればもらえるほど、スペイン人でいいという気分になってくる」。テノール歌手、ホセ・カレーラス氏の言葉だ。ホセさんは、カタルーニャの州都、バルセロナ生まれである。
『カタロニア讃歌』という著作がある。ジョージ・オーウェルの作品だ。オーウェルについては、ご承知の通りだ。オーウェルといえば、独裁体制の恐怖を描いた小説『1984年』がよく知られている。『カタロニア讃歌』は小説ではない。従軍記だ。1936〜39年のスペイン内乱の際、カタルーニャ人たちは、フランシスコ・フランコ将軍率いるファシスト勢力と果敢に戦った。その意気に感じて、多くの若者がスペイン国外から反フランコ闘争に加わった。オーウェルも、そうした若者の一人であった。
カタルーニャの歴史は、民族闘争の歴史だ。その起源は9世紀にさかのぼるといわれる。多くの英雄たちが、カタルーニャの自決を守るために血塗られた闘いを繰り広げた。
フランコ圧政下のカタルーニャは、厳しい言語浄化政策のもとにおかれた。彼らの独自言語はスペインの公用語とは全く異なるものだ。フランコは、それを彼らが使うことを許さなかった。言語浄化は、ファシズム体制の下での常套手段だ。人々から言葉を奪う。これほど不遜なことはない。それでも、カタルーニャ人たちは闘い続けた。
そして今、彼らは再び闘おうとしている。フランコ将軍が墓場から蘇ったわけでもないのに、再び自決に向けて鬨(とき)の声を上げている。スペインからの独立を求めている。少なくとも、10月1日に行われた住民投票に出向いた人々の9割は、独立に「イエス」票を投じた。
この住民投票を、スペイン政府は違憲行為だとして、その結果を断じて認知しないと言明している。カタルーニャが独立宣言を取り下げなければ、その自治権を無効とし、中央政府による「直接統治」に乗り出す構えだ。
そんなことになる前に、ホセさんの言葉を思い出してほしい。もう一つのスペイン内乱がはじまる前に、カタルーニャがカタルーニャであることをきちんと認めてあげてほしい。
※AERA 2017年10月23日号