プロ野球のトレードには、交換トレードと金銭トレードのほかに、選手の交換や移籍金が不要の無償トレードがある。今オフも長野久義(広島→巨人)、加藤匠馬(ロッテ→中日)が無償トレードで古巣に復帰した。過去には2003年オフの小久保裕紀の移籍劇(ダイエー→巨人)のようにあと味の悪いものもあったが、出番に恵まれない選手の再生目的で成立したものもある。そんな無償トレードならではの人間ドラマを振り返ってみよう。
かつての守護神が新天地で先発として再生するという異色の成功例が、1989年の角三男だ。
81年に最優秀救援投手に輝くなど、巨人のリリーフエースとして長く活躍した角も、横手から上手に変えた89年はフォームになじめず、先発完投システムが確立されたことで出番も激減。6月までわずか1試合の登板にとどまった。
そんな矢先、左腕不足に悩む日本ハム・近藤貞雄監督が「まだ十分働ける」と藤田元司監督に譲渡を申し入れ、期限ギリギリの6月30日に電撃無償トレードが決まる。
前年も開幕直前に大洋から捕手の若菜嘉晴を無償トレードで獲得した近藤監督は「相手チームの状況をよく見極めて、さっとやるのがコツなんだ」と得意満面。さらに左の先発が河野博文しかいないチーム事情から、移籍後初登板となった7月4日のダイエー戦で、角を10年ぶりの先発で“サプライズ”起用した。
「不安の塊だった」という角だが、5回1失点と好投。同22日の西武戦では7回無失点で移籍後初勝利を挙げた。
自著「角盈男のプロ野球大放言」(ソニーマガジンズ)によれば、近藤監督は「死にかけた選手をうまく使い、やる気を起こさせる名人」で、「5回で2点ならお前も抑えられるだろう」と達成可能な目標を掲げ、それ以上の結果を出すと、「おう、いいじゃないか」と褒めてくれたという。
同年、先発として復活をはたした角は、1完投勝利を含む3勝を記録している。
新天地でイメージ一新のチャンスを与えられたのが、91年の栄村忠広だ。