下層の世界でこそ見える何か。『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』の著者であるブレイディみかこさんがAERAインタビューに答えた。
* * *
<政治は議論するものでも、思考するものでもない。それは生きることであり、暮らすことだ。/そうわたしが体感するようになったのは、託児所で出会ったさまざまな人々が文字通り政治に生かされたり、苦しめられたり、助けられたり、ひもじい思いをさせられたりしていたからだ>
ブレイディみかこさんは1996年に英国へ渡り、英国人と結婚して息子が生まれ、2008年から無料託児所に関わり始める。本書は底辺層が集まる託児所での保育士体験を綴ったルポ&奮戦記。まずこのタイトルが刺激的だ。
「子どもたちと階級闘争って、普通に考えると結びつかない言葉ですよね。階級闘争なんていつの時代だよとか。でもそれが今、なぜか結びつく時代になっているんだよということを示したかった」
10年に政権を握った保守党の緊縮財政政策によって福祉削減が進み、働いていた無料託児所は潰れ、食料を支給するフードバンクに替わった。多国籍の子どもたちが共同性を育む場としてあった底辺託児所が、パンを与えるだけの無機質な場所になる過程はまさに政治の縮図だ。
「『パンと薔薇』という有名なプロテストソングの歌詞には『私たちにパンだけでなく、薔薇もください』とあります。薔薇は尊厳です。政治が人に投資をしていた時代は、無料託児所にはたくさんの薔薇が咲いていたけど、緊縮財政によって枯れてしまった。でもどんなに悪い状況になっても、暮らしに根差した運動を地域で続けているグラスルーツ・アクティビストの存在は英国社会の屋台骨だと思う」
そんな英国の状況から日本はどのように見えるのか。世田谷区の保育所を案内されたときの話が出てくる。保育士の配置基準、つまり1人あたり受け持つ子どもたちの数が日本では異常に多い、何故か。〈少なくとも英国の幼児教育システムは、言われたことを上手にやる天使の大量製造を目的にはしていない〉。そのことは日本にいた20年前から変わっていない問題だと。
「英国から日本に向けて発信する人ってミドルクラスから上の世界を描くことが多い。幸か不幸かそういう世界とはからきし縁がありません。私が書きたいのは、スタイリッシュでもクールでもない魑魅魍魎の下層の世界でこそ見える何か、粗削りなダイヤモンドの尖った尖端で胸をえぐられるような瞬間ですね」
ふてぶてしく咲く赤と黒の薔薇、階級闘争の始まりだ。(ライター・田沢竜次)
※AERA 2017年8月28日号