政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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「総理のご意向」などと記された加計問題の一連の文書について、文部科学省と内閣府の調査結果が食い違っています。追加調査によって文書の存在が確認できたという文科省、一方で内閣府はこれらの発言を否定しています。真っ向から対立する文科省と内閣府ですが、今回の問題は遠因があってここに至っていると言えそうです。
2014年に設置された内閣人事局によって、内閣が各省庁に睨みを利かすことになりました。その結果、忖度が進んでいったのだと考えられます。内閣人事局の介入によって官僚主導から政治主導へと大きく舵を切りました。その一方で「政治家は国民の代表者なのだから権限がある」というような言い方をメディアで喧伝するような人が重宝がられています。政治主導であるがゆえに行政のこれまでの慣行や公正、中立性を大きく変え、それを主導していくネオリベ的な人たちがいて、新興の有形無形の勢力というのが群がりました。かつてはそういうものが官僚の既得権益なりをつぶしていく可能性がありましたが、そこに縁故主義的なものがはびこっているのだとしたら──。そんな中で前文科事務次官の前川喜平氏の発言があり、霞が関の中からも非難の声が出てきているのです。今回の加計問題は、政治主導と官僚主導という日本政治の大きな問題が氷山の一角として出てきたにすぎません。
「共謀罪」の強行採決で国会は閉会しました。このまま問題を棚上げにして逃げきるとなれば、多大な歪みが出てくることは間違いありません。国内外の問題は山積みです。安倍政権は潮目を迎えています。
※AERA 2017年7月3日号